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2016年10月

2016年10月31日 (月)

日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳 

        日帝下の韓国教会と異端

 

  卓志一(本誌編集者 釜山長神大教授) 現代宗教2009年12月号より翻訳
 

1)日帝の宗教政策

 

 
 
 平壌大復興運動が起きた1907年に公表された「韓日新協約」(1907.7.24)と「保安法」(1907.7.27)によると、日帝は朝鮮半島において、すでに立法、司法、行政の三権を掌握していた。そして、「朝鮮統治の最高方針」(1910)と「教育勅語」(1912)は朝鮮統治の究極的な目的が天皇中心の内鮮一体ということをはっきりと表している。

 1919
年の三.一運動以後にも、このような統治原則には変わりはなかった。朝鮮総督府の「治安維持法」(1925.4)は、これまでと変わらない天皇中心の内鮮一体を強調している。すなわち、日帝強制占領期の間、日帝の統治原則は決して変わることはなく、ただ統治方法のみが状況に合わせて変わるだけだった。

 日帝のこのような朝鮮統治原則は、宗教政策にも適応された。朝鮮総督府の「布教規則」(1915.8.16)によると、宗教布教活動を願う者はもちろん(第3条)、宗教施設の設立においても(第9条)朝鮮総督府に詳細に報告し、許可を得なければならなかった。すべての宗教活動に対する総督府の包括的な統制は、もちろん天皇中心の内鮮一体という統治原則を適応していく為の事だった。

 

  

 

 「布教規則」は神道、仏教、キリスト教に対して主に適用されていたが(第1条)、“宗教と類似した団体”にも適用することができた(第15条)。しかし、各地域で起こった新興宗教団体らを統制することは容易ではなかった。このため朝鮮総督府は1935年、村山智順が調査した1000ページもの分量の『朝鮮の類似宗教』という資料集を発刊した。この資料集は韓国で発生したすべての宗教と、特に日帝の統治に協力的ではない新しい宗教団体を(類似宗教)と分類しながら、その否定的な面を浮き出させて宗教弾圧のための口実を使った。反面、日帝は朝鮮統治の助けになる団体らは、朝鮮教会の分裂を助長するために内密に支援育成するという、二重的な政策を実施した。

 

 

 例をあげると、キリスト教派運動の小宗派運動中、民族主義的な性質を持っていたパク・トンギのシオン山帝国とイ・スンファの天道教があった。

 

パク・トンギは彼自身の神秘体験を根拠に、カトリックの神社参拝を批判して日帝に対する闘争を主張し、1944425日、シオン山帝国を設立した。しかし1945521日、住民の密告で逮捕され、816日の出監まで酷い審問に遭った。

 

 

 また、イ・スンファも彼女の神秘体験を根拠に1919年陰暦の629日、ソウルの四大門(注:ソウルの4つの城門。東の興仁門、西の敦義門、南の崇礼門、北の粛清門)の上に神様の啓示を受けて作ったという太極八掛を掲げて独立万歳を叫んだが逮捕され、保安法違反などの容疑で拷問を受け、3年半の間獄苦を経験した。

 

 

反 面、反宣教的な感情を表しながら、いわゆる朝鮮的なキリスト教を指向したチェ・ジュンジンの自由教、イ・マンジプの自治運動、キム・ジャンホの朝鮮キリスト教などの場合には、むしろ日帝の関心と支援を受けることになった。日帝強制占領下のキリスト教異端運動などは、このような日帝の宗教政策の影響下に起きたのである。


2)日帝下 キリスト教異端運動発興

 

 

 日帝下のキリスト教異端運動は1930年代以降に本格化された。

 

1931年の満州事変、1937年の中日戦争、1941年の太平洋戦争を経て、日帝の大陸侵略は段々と露骨化され、朝鮮は戦時体制の下、戦争協力強要と民族抹殺政策のため苦痛を受けた。韓国教会には苦難の時期だった。

 

 

 三一運動を通して成長した民族解放のための希望であった信仰は、十字架で苦難を受けられたイエス・キリストを見上げる忍耐の信仰に変わった。このような社会的な不安情勢と不確実性は、韓国教会の中に神秘主義的な傾向を持つキリスト教異端運動の発興の背景になる。

 何よりも、日帝下の異端運動は救いに対する性的接近が際立っている。世界教会史は聖(spirituality)と性(sexuality)の緊張を持続的に表しているが、韓国異端運動の根にもこのような性的接近(sexual motif)が特長的に表れている。

 

 

 金百文(19171990)が代表的な人物である。韓国異端運動の根とも言える金百文は、文鮮明とパク・テソンなど数多くのキリスト教異端運動に直接的に教理的影響を与えた。金百文の『聖神神学』(1954)、『キリスト教根本原理』(1958)『信仰人格論』(1970)に表れる主張は文鮮明の『原理講論』のそれと類似しているように見える。

 

  

 

 金百文は『キリスト教根本原理』で堕落に対する説明を“女性エバから誘われ、善悪の実の犯行という使神[蛇]から現れた悪霊との肉体的な淫行を話すことになるが、すなわち使神と直接的な肉体性交を犯して、エバから女性の処女貞操を蹂躙(じゅうりん)することも大きく、血統に狂ったその罪悪性はまもなく肉体の性欲感をそこから受け持つことで創造本性の愛の反対の性理である情欲の育成へと悪化してしまったのだ”(485ページ)と主張する。

 文鮮明も『原理講論』で“人間の祖先が天使と淫行することで、すべての人間が「サタン」の血統に生まれてしまった為だ。…我々は天使と人間の間に淫行関係があり、それが堕落の原因になっているという事実を知ることができる”(84ページ)と説明している。

 

このような堕落から人類を回復させるに、いわゆる“メシアの降臨とその再臨の目的”があることだ。文鮮明はこの再臨主が韓国に生まれ、地上天国を建設するのだと主張する。文鮮明が金百文の教理に影響を受けているのが明らかに分かる。

 


 このような数々の主張は、この後の他の異端団体らの教理にも容易く発見される。金百文の堕落と復帰に関する主張は、文鮮明の影響を受けた鄭明析(チョン・ミョンソク)の『30概論』にもそれが反復されている。

 

結果的にこのような教理によって、異端団体の教主らによる性的問題などが引き起こされていることは推測できる。すなわち性的堕落の回復は、教主との性的関係を通して成し遂げられるという、彼らの隠された主張である。このような復帰過程は、社会的通念では受け入れられない非倫理的な姿で現れ、実践法の制裁を受けた。

 


 興味をもつ事実は、金百文の影響を受けた文鮮明系列の異端団体らは、教主を再臨主、そしてパク・テソン系列は恵みの聖霊を神格化しているのが見られることだ。これは韓国の異端運動などが独立的に生まれたのではなく、相互の影響を受け与えながら発興してきたと見える。これにより、キリスト教異端を研究する専門家たちは、韓国の異端団体らを説明しながら“系譜”という表現をする。


『現代宗教』2009.12 より引用&翻訳 訳者サランヘヨさん

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韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy

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  韓国社会に垣間見る「疑似宗教」  

以下、機械訳

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   韓国社会に垣間見る「疑似宗教」  

이은혜 기자 eunlee@newsnjoy.or.kr | 2016.10.28

 

チェ・スンシル事件に登場する永生教、統一教、新天地...目標は、教祖の治める「異端の王国」

ニュース・アンド・ジョイ - イ・ウネ記者

 

毎朝、「チェ・スンシル」の新たなニュースで溢れている日々が続いている。

その中で韓国の主要な「疑似宗教」とチェ・スンシル一家の関連性を提起する記事が多い。朴槿恵大統領が若い時からチェ・スンシル一家に頼ってきた点、チェ・スンシル一家が韓国政治をもてあそんだことを考えてみると、大韓民国が疑似宗教に大きく影響を受けたという事実を否定することはできない。

 

今まで出てきた疑似宗教の名前は、「永生教」、「統一教会」、「新天地」などがある。今回の記事では、主な異端似非宗教がキリスト教を標榜し、どのように分派を形成してきたか見てみる

 

チェ・テミンが立てた「槿花」教会、永生教資金援助者であった槿花'失業

 

故チェ・テミンは疑似宗教の教祖であった。すでにいくつかのメディアが明らかにしたように、チェ氏は「永生教」という新興宗教の教主であった。彼はは一時「前渡観」として知られてバクテソンの天賦教も身を置いたことが分かった。 1973年に、彼は仏教・キリスト教・天道教を混合した新興宗教「永生教」を創立する。この時まではチェ・テミンは、自分自身を牧師ではなく、「勅使」という名前で呼んだ。

 

1975年チェ氏は権力にアクセスするために正体不明の総会で「牧師」として認可された。以来、大韓イエス教長老会解凍総会を作って責任者になった。大韓救国宣教団を作って、定期的に救国祈祷会を開き、朴正煕政権に力を与える役割を引き受けた。この団体は、救国隊、セマウム奉仕団運動本部と団体名の名前を変更しながら活動を続けた。当時ファーストレディーの役割をしていた朴槿恵は、この団体の名誉総裁・総裁に名を連ねた。

 

チェ・テミンが作った永生教と1990年代の悪名を馳せたチョ・ヒソンの「永生教勝利祭壇」をつなぐ橋は、「グンファ(槿花)」という名前である。 <月刊朝鮮> 2007年の記事は、チェ・テミンが子供会館の敷地にグンファウォン(槿花院)を建てグンファ教会を立てたと伝えている。この「槿」は朴槿恵の「槿」と同じ漢字(ムクゲ)を使っている。グンファ教会は信徒がある既成教会ではなかった。主に子供財団のスタッフが集まって礼拝した。

 

永生教教祖チョ・ヒソンは、一時バク・テソンの天賦教の信徒であった。永生教は1989年、教会の建物内にグンファ失業という縫製工場を建てた。チョ・ヒソンはここで働く従業員の賃金を着服して、「自分を信じて寄付すると死に至らない」と主張して信徒に120億ウォンを超える献金を受けたと、1994<東亜日報>記事は伝えている。

 

1980年代の新興宗教で悪名を馳せた永生教は、1990年代に入って信徒拉致殺人の問題が明らかになり、教団幹部が有罪判決を受けて拘束されるに至る。教祖チョン・ヒソンも犯人逃避を援助したとして、2004年ソウル拘置所に収監されていたが、収監先にて死亡した。

 

チェ・テミンが政治家に上り始めたのは、朴槿恵がハンナラ党の予備選挙候補に出てからだ。チェ氏と朴槿恵がどのような関係なのか更に疑惑が深まった。

 <中央日報>は、2007614日朴槿恵ハンナラ党の予備選挙の候補とのインタビューを報じた。この時、朴槿恵大統領はチェ・テミンをこのように表現した。

 

「その方は牧師で、国が困難になった頃に大きな支えと成っていただいた。。ベトナム戦争で敗北し、韓国でも困難な状況のときに救国祈祷をしながら父を助けてくれた。父を亡くしたあと、私自身が困難な苦しい時にも、精神的にも支えて頂き、慰めてくれた。私は今でもとても感謝しています。」

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▲統一教は文鮮明が立てた新興宗教だ。文鮮明は、バク・テソンと同じく金百文(イスラエル修道院)に影響を受けた。写真は文鮮明が反共祈祷会で祈る姿。(ニュース映像セーブ)

 

バク・テソンと双璧なす文鮮明の統一教会

 

多くの疑惑が渦巻く中、チェ・スンシル氏が直接口を開くために選んだのは、<世界日報>だ。 <世界日報>はクリスチャンたちには、世界平和統一家庭連合(統一教会)の関連会社として知られている。チェスンシル元夫チョン・ユンフェ氏国政介入文書を単独報道したところも<世界日報>だ。

 

ジャーナリストのアンチヨン氏は自身のブログ「シークレット・オブ・コリア」で、「チェ・スンシルのヨーロッパへの逃避を支援している人物は、「世界日報」の社長を務めたことのある統一教の某某氏であり、チェ・スンシルはこの人物をイタリア大使にまで推薦した」と主張した。この文だけ見るとチェ・スンシルと統一教会との間に接続があるかのように感じられる。

 

文鮮明の統一教会

 

統一教会をプロテスタントと混同する人が多い。宗教上の使う言葉が似ているからだ。新約聖書に基づいて、少しずつ他の教義を取り入れているいくつかの教団があるが、統一教会は文鮮明という創立者を再臨主、救世主として祀らる教団である。文鮮明を「真の父」と彼の妻韓鶴子を「真の母」と呼ぶ。統一教会信者はこの夫婦を、「真の父母様」であると信じている。

 

大韓イエス教長老会合同総会異端(疑似)被害対策調査研究委員会が作成した<2010異端・カルト研究資料>を見ると、統一教をこのように説明している。

 

「統一教会は、私たちがよく知っているようなキリスト教ではない。その理由は、何よりも、聖書を否認するからである。(中略)<原理講論>を成約聖書つまり神の約束がなされた真の聖書だと主張する。 "

 

異端の専門家卓・志一教授(釜山ジャンシンデ学校教会史)は、<異端>で「再臨したメシアである文鮮明を介して、韓半島に地上天国が建設されるということが<原理講論」の主張である。(中略)文鮮明自身の再臨主宣言と<原理講論>の内容を総合してみると、東方の国すなわち韓国に示された再臨主こそ文鮮明であることが論理的な帰結である」と宣伝している。

 

統一教会を創始した文鮮明と天父教を創始したバク・テソンは、同じ人物に学んだ。

その人物とは、イスラエル修道院金百文である。金百文は<キリスト教原理原則>を使いながら、文鮮明とバク・テソンに神秘的な主義的な影響を及ぼした。

 <新東亜>は、20145月の記事で、「文鮮明の「原理講論」は金百文の<キリスト教原理原則>と主要な概念がほぼ同じである」と述べた

 

ハンナラ党の時から始まった「新天地」との縁

新天地イエス教証拠幕屋聖殿(新天地・イ・マニ総会長)については、多くの人は、キリスト教から出た別の宗派程度にしか思っていない。新天地が統一教会のように、キリスト教言語を使用して、キリスト教の形態を備えているが、一般的な教会とは異なる新興宗教であり、異端である。

 

新天地を立てた李萬熙(イ・マニ)総会長もバク・テソンと同じ前渡観から来ている。新天地教義を見ると、バク・テソンの天賦教と似ている部分が多い。バク・テソンも新天地のように144,000人で、信者の人数を制限した。バク・テソンは自らを「この地に来られた神様」、「救世主」、「勝利者」と称していたように、李萬熙(イ・マニ)総会長も自分を「救世主」と名乗っている。

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新天地は既成教会に通う教会信者に接近する。聖書と似た言語を用いて、'聖書の秘密'を教えるという言葉で誘惑する。

入信により、両親と子供が対立したり、夫婦が離婚危機を体験するなど新天地は家族を犠牲にして、自分たちの道に固執する。新天地に陥った人々を教会で戻そうとする動きを宗教自由弾圧、強制改宗だとキャンペーンを張り、自分たちが被害者だと嘯いている。

 

宗教界で物議をかもす新天地は戦略的に権力に接近した。新天地とセヌリ党の縁は2002年まで遡ることができる。<現代宗教>20022月号で新天地教理を教える某文化センター代表・此限船がイ・フェチャン当時ハンナラ党大統領候補のキャンプで仕事をしたことがあると報道した。それ以後、此限船は親パク系代表走者ソ・チョンウォン議員(セヌリ党)に結婚式媒酌を任せられたこともあった。

 

新天地は朴槿恵大統領とセヌリ党を直接または間接的に支援したという疑惑が出ている。 2012年の大統領選挙当時、朴槿恵選対本部のキリスト教対策の共同本部長を務めた李ギョンジェ前議員が新天地のイベントに参加して、祝辞した事実が明らかになったのだ。朴槿恵大統領と李萬熙(イ・マニ)総会長がテーブルに座っている写真が公開された。 2008年には朴槿恵大統領がマニ総会長に送った年賀状が公開された。

 

今回のチェ・スンシル事件が起きた直後、新天地の過去の行事に際し、セヌリ党とつながりがあるではないかという疑惑が浮かび上がっている。特に、「セヌリ」という言葉の意味が「新天地」と重複しているからである。新天地は1027日、これを否定する公式のプレスリリースを発表した。これらは「「新天地」は、聖書に神が臨む場所として指摘された「新しい天、新しい地」を意味するもので、政治的、または世界的な意味とは全くかけ離れた内容を含んでいる」と反論した。

 

似非教祖は 反社会性人格障害

 

疑似宗教被害対策連盟チョン・ドンソプ総裁は、疑似宗教はほとんど似たような教義的共通点を持っていることを指摘した。公認されている既成宗教とは異なり、予言をしたり、吉凶を占ったりして恐怖を与える方法でお金を巻き上げている。このことが原因で家庭を破壊し、暴走することが共通点だと指摘した。

 

また、疑似宗教の教祖に、共通して見られる精神状態も指摘した。カウンセリング心理学を専攻したチョン総裁は、彼らの心理状態をこのように表現した。

 

「教祖は、自分が非常に重要な人という誇大妄想の症状がある。勢力が大きな教団の教祖も皆同じだ。誇大妄想と共に被害妄想の症状も見られる。政府、メディア、正統のキリスト教が自分を殺そうとしているという被害妄想に常に悩まされる。そこに彼らが密かに活動する理由がある。

 

何人かの教祖は、自分たちを「天国のスパイ」と表現した。天国の啓示を受けたスパイなので、正体を現わせない。だから秘密に活動する。後で、スパイのように活動をした正体が明らかになれば、よく耳にする反社会性人格障害(ソシオパス)・自己陶酔性人格障害を指摘されるが、「私は知らない」と否認する。」

 

チョン・ドンソプ総裁は、今回のチェ・スンシル事件をめぐり、朴槿恵大統領がそのような疑似教主の精神に影響を受けたという問題があるだろうと評した。

 

卓志一教授は、韓国で勃興する異端の場合、最近見られる次のような傾向を指摘した。

 

過去の異端の一般的なイメージは、家庭を破壊したり、社会秩序を乱した否定的な姿であったが、最近の異端はむしろ家庭の価値を擁護したり、親の社会的な活動に積極的な姿を見せている。しかし、彼らの目標は、教祖が治める異端の王国を創造することには変わりはない。」(<異端>130側)

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参照

 

永生教 ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E7%94%9F%E6%95%99

 

新天地イエス教証拠(あかしの)幕屋聖殿  ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%A4%A9%E5%9C%B0%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E6%95%99%E8%A8%BC%E3%81%97%E3%81%AE%E5%B9%95%E5%B1%8B%E8%81%96%E6%AE%BF

チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係ではない



Photo                     不適切な関係だったチェ・テミン(チェ・スンシルの父)と若き朴槿恵 


大統領府に検察が・・・


チェ・スンシル国政介入事件は疑獄事件として、どのようにして韓国の機密情報が外部の人間に渡ったのか、一
昨日、大統領府に検察が入るという前代未聞の事態となった。

時事通信・10/29
韓国検察、大統領府を捜査=捜索拒否で対立―「陰の実力者」疑惑
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161029-00000090-jij-kr

 

ただ捜査と言っても、こういう資料を出してほしいといった要請に大統領府が応じるという形で、強制捜査のイメージとははるかに違う。ただ一部の秘書には家宅捜査がはいったとのこと。

なぜ、大統領が一個人に機密情報を渡したり、スピーチ原稿まで頼ってしまったのか。

朴槿恵は騒動の中で、1025日の緊急記者会見の謝罪の場で「チェ・スンシルさんは、苦難な時に助けてくれた縁」と全幅の信頼を置いていたことを示した。


チェ・テミンと朴槿恵

故チェ・テミンには6人の妻がいて、チェ・スンシルは5番目の妻の子である。一番聡明で、幼いころから父の寵愛を受けていたようだ。
チェ・テミンは、75年4月に「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、6月の「大韓救国十字軍」創軍式などに朴大統領が出席した。76年に朴大統領は崔太敏氏がいくつかの団体を統合して設立した「セマウム奉仕団」の総裁となった。

実はこの「大韓救国宣教団」は、朴正煕の味方を造るために打ち出された新興宗教擁護策の一環として、大統領の肝いりで、チェ・テミンに作らせた教団といわれ、不正があっても大統領名でもみ消されたという正しく大統領の私的教団だったようだ。
もちろん統一教会もそれによって合法的に活動の場を与えられ、新興宗教に反共を掲げれば政権に擁護されるというヒントを与えてしまい、今日の韓国がカルト宗教に汚染され、統一教会が日本の政治家と結びついてゆく道筋ができてしまった時代だといえよう。

朴槿恵は朴正煕の2番目の妻・陸英修(殺害された)の長女である。

長男はEGテック会長の朴ジマン、妹に親日家で知られる朴クンリョンがいるが、

朴クンリョンは姉が大統領になった後に、文鮮明の晩年の合同結婚式に参加している。すでに結婚していて、合同結婚式の宣伝に協力した程度であるが、朴家族とカルトの蜜月さは目に余るものがある。

 

両親の死後、朴槿恵の寂しさにチェ一族が付け込むことは容易であったと思われる。

軍事独裁政権時代の申し子のように扱われ、民主化の進む政治から一時期離れていた。

彼女が育英会財団理事長に就任した1983年、チェ一族はこれを好機とみたことは間違いない。それ以降、彼らは今日に至るまで数百億円の資産を不法に手に入れたと言われている。

 

姉の朴槿恵がチェ一族に操られていることを心配して、弟の朴ジマンと妹の朴クンリョンは、1990年8月14日、ノ・テウ大統領に「お姉さんをチェ・テミンの呪いから救ってください」と嘆願書を送ったのである。

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                左から、長男朴ジマン、次女朴クンリョン、長女朴槿恵

カルト問題を扱われている専門家の方は、もうここでお分かりかと思うが、カルト信者に対して強硬に家族が反対すれば、それはサタンの仕業になってしまう。朴槿恵にとって、兄弟姉妹、自分に反対するものは全てサタン。

兄弟の亀裂はここで大きくなったのではないかと思われる。


朴槿恵は弟ち妹の言うことには耳を傾けることなく、チェ一族への精神的隷属状態で、国会議員、そして大統領への船に乗せられてしまったのだ。

そのオールがチョン・ユンフェであり、チェ・スンシルだったのだ。この二人、夫婦となるのだがオールの奪い合いで離婚し、チョン・ユンフェは政治の第一線から離れることになる。

チョン・ユンフェは、まさか自分が統一教会の謀略(チョン・ユンフェ国政介入事件)にのせられるとは思ってもみなかったであろう。

 

チェ・スンシル国政介入事件の黒幕は?


ここにきて、韓国マスメディは2年前の統一教会系新聞世界日報がすっぱ抜いたチョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル国政介入事件の関係を求めて真相を追っている。

チェ一族に乗っ取られた大統領府と、韓鶴子に代表される「統一教会」との対立という構図でチョン・ユンフェ国政介入事件を見た場合、その後の不自然な両者の融和?を嫌った何者かが、今回のチェ・スンイルへの機密情報漏えい情報を流したのではないだろうか。
その融和の象徴が、チェ・スンシルを庇う統一教会の今の姿である。

チェ・スンイルと統一教会に恨みを持つものとは、チ○ン・○ン○○?・・・。


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参照

大統領候補の朴槿恵の危うさについて、予見していたハンギョレ新聞の記事です。

[2012大統領候補探求] 朴槿恵①独裁者の娘  ハンギョレ 2012.07.15

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/12116.html

 

朴大統領秘線>崔氏と42年の縁…どういう関係?(1)・・中央日報10/26

http://japanese.joins.com/article/052/222052.html

チェ・スンシル(ウィキペディア)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AB

2016年10月29日 (土)

セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放

Photo_2                  セウォル号の無事を祈る人々

2014年4月に起きたセウォル号の大惨事はまだ記憶に新しいところであるが、実は朴槿恵政権内部での首切り、更迭が断行された時期とたまたま重なってしまったのだ。

今回のチェ・スンシル氏の国政介入疑惑で、ジャーナリストのアン・チヨン氏によって明らかにされたことがある。
前回のブログにも書いたがチェ・スンシル氏が元世界日報社長のSをイタリア大使として、朴槿恵に推薦したが、当時のチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官が、反対したために実現できなかった、というのである。


朴槿恵に反発したチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官が首を切られたのが、まさにセウォル号沈没時期とかさなり、さらに1か月後にはペク・キスン国政広報秘書官も職を解かれたのである。

セウォル号の大惨事は、事故発生時の韓国政府の対応について「朴槿恵の謎の7時間」として大統領の音信不通状態があったことが明らかとなった。

中央日報は朴槿恵がチョン・ユンフェ氏と密会していたと報じ、それに続いて産経新聞も同様の記事を書いたのだが、なぜか産経だけがやり玉に挙げられてしまった。朴槿恵としては国内の新聞社を敵にしたくはなかったというのが本音であろう。

 

さて、セウォル号が今にも沈みかけようとしていた時、日本側からは大型クレーン搭載の船舶の派遣などの協力を申し入れがあったが、全くの反応なし。海洋事故に備えた救助船の存在も事故後しばらくして明らかになったが、出船命令は下せないままの状況であったようだ。

この事故が大惨事になった大きな理由は、船会社の利益第一主義による積載オーバー、それを許していた港湾の役人という直接的原因以外に、事故発生時、政府がまともに対応できなかったという要因を無視することはできない。

朴槿恵とチェ・スンシルが認めたことが一つある。

沈没の一か月前ドレスデンでの大統領のスピーチをチェ・スンシルが書いたというのである。朴槿恵はこの時点ですべてをチェ・スンシルに任せていたがゆえに、謎の7時間、チェ・スンシルに沈みゆくセウォル号を見ながら彼女に対策を伺っていたという説も流れ始めている。

ウエブサイトには、朴槿恵は洗脳されているという書き込みが目立つようになってきている。

チェ・スンシルはラストプーチンだったのか。すでに、一昨日から韓国の主だったメディアはチェ・スンシルの父親である故チェ・テンミン牧師と朴槿恵との蜜月の仲を報じ始めている。

次回は、そのことを含めて朴槿恵とチェ・スンシル一家との仲に踏み込んでいきたい。


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参照

朴槿恵謎の7時間 セウォル号沈没人身供養陰謀説

http://pmhackers.tistory.com/317

演出された世界日報のチェ・スンシル独占インタビュー

Photo               世界日報のチェ・スンシル独占インタビュー記事



昨日のブログで詳細は私のブログカテゴリー「チョン・ユンフェ政治介入事件 」を見てもらえばと書いたが、ここに簡単にまとめておく。

2年前の2014年11月に、公職人ではないチョン・ユンフェが朴槿恵の影の実力者として政治に介入していたのではないかという疑惑の第1報を報じたのは、統一教会系新聞「世界日報」であった。
統一教会は朴槿恵の父・朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権下で反共の旗印のもとに韓国国内で擁護され、北朝鮮との関係も深く、歴代の政権と密接な関係を結んできた。

それなのに、朴槿恵を落としれるような記事をなぜ世界日報が書いたのか。その記事が出たとき、朴槿恵は世界日報を訴え裁判にまで発展した。当時、多くのマスメディアは政権と対置する世界日報を守ろうとし、世界日報も他にも政権を揺るがすネタがいくつかあり、公開となれば大統領も下野せざるをえないだろうと嘯いたのである。

当時文鮮明死後、実権を握っていた夫人の韓鶴子は「政権を教育しなければならない・・」と暗に示唆していたのである。


しかしである、その直後、世界日報の記者や幹部が追放され、社長交代劇が起きたのである。結局、この騒動は2か月も経たないうちに収束したのである。
統一教会側としては世界日報の社員が勝手に嘘の情報に基づいて書いてしまったので、朴槿恵に「ごめんなさい」といって収めたかのようにもみえるが、実は背後に文鮮明死後の相続財産0ウォン申請をはじめ、清平の資金管理団体のいい加減さによる横領などが信者から暴露され、2014年中ごろから国税庁と統一教会側とのにらみ合いが続いていたのである。

ここからは私の推測であるが、統一教会は今までの蜜月の中である朴槿恵が大事にならないように国税局を抑えてくれると思っていたところ、国税局でも大企業の背任、横領を担当している泣く子も黙るという部署が統一教会への査察の担当となることが分かり、慌てた統一教会は、傘下の世界日報を使って政権側を脅したというのが背景にあると当時のブログに私は書いた。

 

その後の経緯を見ると、それを証明するかのように、国税局の査察はなくなったのである。統一教会は、今後この件で、「統一教会と政権が対立しているような記事が出れば、訴えるぞ」と韓国マスメディアに恫喝をかけたことも、大きく収束した要因であることには違いない。

今日に至っては両者の蜜月の関係を取り戻したといってよいだろう。

 

さて、今回チェ・スンイル氏の国政介入事件は、世界日報がすっぱ抜いたわけではない。以前からチェ・スンイルが所有するスポーツ財団を巡っていろいろな情報が飛び交っていたのであるが、ここにきて朴槿恵が軍事情報をはじめとする国家機密の書類をチェ・スンイル氏に渡していたのではないかという疑惑のニュースが韓国メディアのニュースの大半を占めるようになったのである。

朴槿恵とチェ・スンイル、そしてチェ氏の父であり、牧師であるチェ・テミンとの深い関係が動画を含めてKBSなどのテレビでこの数日放送され、 大半のマスメディアは政権と対立するような記事で埋め尽くされる。

その中で、出てきたのが世界日報による「チェ・スンヨンへの独占インタビュー」記事である。 韓国マスメディアは、2年前のこともあり、世界日報の記事に対しては素直に受け取れない部分もあるようだ。

私は今回の独占インタビュー記事は、窮地に立たされた朴槿恵、チェ・スンシルに助け船をだそうと統一教会が世界日報を使ったと見ている。

恐らく韓国メディアの大半は、今日紹介する記事もそうであるが、そういう見方をしている。

http://www.mediaus.co.kr/news/articleView.html?idxno=69809

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以下、機械訳


世界日報インタビュー、チェ・スンシル電話で始まった?チェ・スンシル

世界日報前社長に直接電話したように

    韓国 mediaus 2016.1028


S氏は某所で知人に会っている間、電話をしていた。知人が電話を終えたS氏に「誰と通話をしたか」で尋ねたところ、なんと衝撃的な返事が帰ってきた。S氏がたった今通話した人物が「チェ・スンシル」といったのだ。

そして数日後、世界日報はチェ・スンシル氏単独インタビューを公開した。S氏は世界日報前社長だ。

 

パク・クネ政府の影の実力者チェ・スンシル氏が国政介入を行ったという疑惑が大きく広がっているなかで、26日世界日報がチェ・スンシル氏に単独インタビューしたとして関心を集めた。

チェ・スンシル氏は世界日報との単独インタビューでパク・クネ大統領の演説文作成を助けたことは認めたが、この他に繰り広げられているすべての疑惑に対しては否認した。 世界日報はこのようなチェ氏の立場を記事に入れて読者らに知らせた。

 

世界日報がチェ・スンシル氏の立場を明らかにすべく、単独インタビュー記事を掲載したことに対して、一部では世界日報の単独インタビューがチェ氏を擁護するために企画されたという疑惑を提起している。また、チェ・スンシル氏と世界日報のきな臭い関係の核心的人物が世界日報前社長であるS氏であるとしている。

 

世界日報-チェ・スンシル疑惑一部'事実'だった。

 

このような疑惑がふくらむと、直ちに世界日報は27日編集局名義で声明を発表して世界日報の「チェ・スンシル擁護」疑惑は事実と違うという立場を表明した。世界日報編集局は「チェ・スンシル氏インタビューは難しい試みであり、緊迫した状況でなされた」としながら「より詳細な後続報道を準備中」と明らかにした。

 

チェ・スンシル インタビューの背景について、このような疑念が起きるとすぐに 世界日報記者たちは27日社内キム・ヨンナン法説明会を終えた後、記者総会を開いた。世界日報関係者によれば「いろいろと隠された部分はあるが、憶測は事実と違ったと判断する」との立場をとったことが明らかにされた。

 

しかし世界日報の弁明とは違って、巷に回っているうわさは一部事実だと確認された。ミディアース取材の結果 世界日報前社長S氏は韓国で、実際のチェ・スンシルさんの電話を受けたし、以後世界日報記者たちはチェ・スンシル インタビューをドイツで進めたということのようだ。

 

さらに疑惑が大きくなるとすぐに、世界日報は28日チェ・スンシル氏単独インタビューに対する取材続編を出すと表明した。インタビューを進めたリュ・ヨンヒョン世界日報文化部長は「22年前チェ・スンシル氏とは、記者と情報提供者'の関係で会ったことがあった。そして青年時期ドイツで研修を受けた縁で、ドイツ海外同胞の連絡を受けてインタビューをした」という内容の取材後期を残した。

 

リュ・ヨンヒョン部長の取材後期によれば、チェ・スンシルとの連絡をとった人物は、ドイツ海外同胞はS前社長になる。これらは単純に研修時代ドイツで会った縁でなく、世界日報の前社長と記者の関係だ。S前社長は現在、ドイツでなく韓国に滞留中だ。夫人が韓国で癌闘病中であることが分かった。 

 

また、ミディアース取材結果 S前社長とリュ・ヨンヒョン部長の縁は単純な社長と記者の関係を越えると確認された。複数の世界日報前職関係者によれば世界日報内にはドイツを中心にする「グループ」が存在していて、これらは概して統一教信者で構成されているという。そしてヨーロッパの統一教中心地がまさにドイツなのだ。

 

S前社長は統一教ヨーロッパ本部長を務めた人物でドイツと関連が深い人物で、リュ・ヨンヒョン部長は、やはりドイツに研修を行ってきた世界日報内グループだと確認された。 リュ部長がS前社長の側近という証言も出てきている。

 

チェ・スンシルがSさんに電話した理由は?

 

世界日報の報道は単純な単独インタビューで意味があることもできる。現在の大韓民国で最大論議の当事者をインタビューするのは記者として最高の特ダネでもある。ところで S前社長とチェ・スンシルさんの関係に疑問になる情況があるので世界日報単独インタビューの疑惑が消えるわけではない。

 

27日在米言論人アン・チヨン氏は自身のブログ「シークレット オブ コリア」に統一教創始者である故ムン・ソンミョン総裁の側近S氏をチェ氏のインタビューを斡旋した人物だと目星をつけた。

 

この記事でアン・チヨン氏は「チェ・スンシル氏がS前社長をイタリア大使で推薦したが、チョ・ウンチョン当時大統領府公職規律秘書官の反対により、失敗に終わった」と主張した。イタリア大使はイタリアだけでなくギリシャ地域まで総括する職責だ。しかし一部ではイタリア大使でないドイツ大使という説も回っている。

 

アン・チヨン氏の主張が事実ならば、チェ・スンシル氏とS前社長は親交が深い関係で、チェ・スンシルさんが自身とパク・クネ大統領を防御する手段で世界日報を選んだ可能性があるという話である。

 

全国民を衝撃に陥れたパク・クネ大統領の影の実力者'チェ・スンシル国政介入事件、.そして疑惑の中心チェ・スンシル氏を単独インタビューした世界日報.

 

世界日報の「曖昧な'解明」が疑惑解消どころか更なる疑惑を浮き上がらせた。

 

チョン・ヒョクス記者 wjsgurtnnaver.com

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チョ・ウンチョンは2年前のチョン・ユンフェ政治介入疑惑の時に、明らかになったことだが、彼は朴槿恵によってその職を解かれている人物であり、チョン・ユンフェ疑惑の時には、彼とともに検察に呼ばれた人物である。彼は、恐らくこの二つの疑獄事件の真相を知る重要な人物である。


朴槿恵は昨日、大統領府の全秘書官の職を解いたという。やはり後ろめたい人事があったのだろう。

2016年10月28日 (金)

チェ・スンシル氏 (統一教会)宗教財団の信徒の助けを借りて逃走中

Photo

                  写真は朴槿恵から国家機密を受け取ったとされるチェ・スンシル氏


皆さんもご存知のように、今韓国大統領府を揺るがしている大きな出来事がある。
朴槿恵退陣のデモも沸き起こっているようで、支持率は20%を割っているとも伝えられている。

国家機密文書が朴槿恵政権誕生と同時に友人のチェ・スンシルに流れていたというこの疑惑は、更にチェ氏が大統領府の要人の更迭にも深くかかわっていたのではないかという疑惑が韓国のメディアでいろいろな角度で扱われている。

私のブログの読者の方にはすでにお分かりのように、2年前に起きた統一教会系新聞「世界日報」がすっぱ抜いたチョン・ユンフェ国政介入疑獄事件と今回の出来事は密接に結びついている。

実はこの二つの国政介入事件の二人の主人は以前夫婦だったのである。

チョン・ユンフェはチェ・スンシルの前夫であり、朴槿恵が大統領になるまでは秘書として彼女の懐刀。チェ・スンシルの父親はチェ・テミンは自分が開設した教団の教祖であり、若き朴槿恵はそこの礼拝に参加したこともある仲なのである。

初めて読まれる方はブログのカテゴリー「チョン・ユンフェ国政介入事件」をクリックして、2014年12月12日から始まる一連の記事を参照していただきたい。

 

更には、この二つの事件、どちらも韓国統一教会(家庭連合)と深い関係がある
2年前のチョン・ユンフェ国政介入事件は裁判で朴槿恵側の形としては勝利に終わったかのように見えたが、今回の暴露により再度朴槿恵は窮地に立たされることとなった。マスメディアも今は勢いづいているが、所詮韓国メディアは圧力に弱いところがあるので、どこまで続くかわからない。今ネットで公開されている記事もいつ削除されるかわからない運命と言っていいだろう。

ただ、マスメディアを見る場合、注意しなくてはいけないのは、統一教会系「世界日報」は統一教会の意向を反映した新聞であり、統一教会への国税局当局の査察を妨害する手段として、世界日報が利用されていることが根底にある。


とりあえず、今日の記事は、文鮮明の晩年に膀胱がんであることをすっぱ抜いた韓国ジャーナリストのアン・チヨン氏の記事を紹介する。

http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201610271125001&code=940100

 

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機械訳

2016.10.27

チェ・スンシル氏 (統一教会)宗教財団の信徒の助けを借りて逃走中 <アン・チヨン >報道

:

パク・クネ政府の飛仙(ビソン)実力者であるチェ・スンシルさん(60)がドイツで統一教財団の助けを受けているという主張が提起された。

チェ氏を永らく追跡してきた在米言論人アン・チヨンさんは27日自身のブログである<シークレット オブ コリア>に“チェ・スンシル一家、統一教信徒の助けを借りて逃走中逃走中・・”と残した。

 

アン氏はまた「複数の消息筋が世界日報が今日報道したチェ・スンシルさんのドイツ インタビューをS氏が斡旋したものと主張した」と報道した。

アン氏主張によればS氏は前統一教ヨーロッパ総責任者であり世界日報(統一教会系新聞)社長を務めた人物だ。 チェ氏前夫であるチョン・ユンフェ氏と同郷でありドイツで長く居住したという。

アン氏はS氏に対して「1975年から統一教に心酔し1993年から2003年まで世界平和統一家庭連合のヨーロッパ会長で在職したし統一教創始者である故ムン・ソンミョン総裁の最側近に選ばれた人物」と主張した。

アン氏はまた「匿名を要求する複数の消息筋は今日(アメリカ時間26日午後5)通話で「チェ・スンシルさんがパク・クネ政権スタートの後S氏をイタリア大使で推薦した。 しかし照応川当時大統領府公職規律秘書官の反対に失敗に終わった」と明らかにした」と報道した。

 これら消息筋は「S氏はチェ・スンシル・チョン・ユンフェ夫婦(後に離婚)と親しい仲であった」として「イタリア大使推薦のことば室をよく知っているチョ・ウンチョン議員が全ての事実を明らかにしなければならない」と話したとアン氏は伝えた。

これに対して一緒に民主党チョ・ウンチョン議員は自身のフェイスブックを通じて「私が一つ一つ応対する場合、その内容が大統領府在職時経験した事例に該当するので(大統領府が) 「公務上秘密漏洩罪」として問題にしてくることがほぼ確実である」として「不本意ながら、応対できなくて申し訳ない」と言ったことを明らかにした。

統一教財団側は「S前社長は現在、夫人病看護のためにずっと韓国にあって、ドイツ離れて10年を越えた」と反論した。

世界日報編集局記者一同は立場文(門)を出して「チェ氏インタビューは難しい状況の中で緊迫した状況でなされた」として「報道がなされるまで過程とより詳細な内容の後続報道を準備中」と明らかにした。

 

また「世界日報編集局は2年前にチョン・ユンフェ国政介入疑惑を最初に連続報道した後、外部の圧迫と色々な波紋を造りだしたが、報道機関と報道の自由を守るための意志と苦難を超えて」として「今回のチェ氏インタビューやはり重大疑惑中心人物の一方的な主張だが、国民が当事者の立場を直接聞いてみたい状況でこれを伝えるのが言論の役割という点で報道がなされた」と明らかにした。

 

(c)京郷新聞&傾向ドットコム

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参照

北風と太陽 2014.12.12

朴槿恵政権を揺るがし始めたチョン・ユンフェとチョ・ウンチョンの検察出頭

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-b972.html

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