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チェ・スンシル国政介入事件

2016年12月 9日 (金)

チョン・ユンフェ文書事件は、元夫とチョ・ウンチョンを陥れるためのチェ・スンシルのでっち上げ! カギを握るチョ・ウンチョンはなぜ第4次聴聞会呼ばれないのか?

 

2年前のチョン・ユンフェ文書騒動の真相を追及するために15日の第4次聴聞会では、国政介入の疑惑ありとされたチョン・ユンフェをはじめ、その記事を最初に載せた世界日報の関係者が出席する。

名簿を見ると重要人物が一人抜けている。

チョ・ウンチョン元大統領府公職規律秘書官である。この人、大統領府にあって常にチェ・スンシル派と闘っていた人であり、チェ・スンシルが独在住の元世界日報社長S

氏をイタリア大使に推薦したときに反対して阻止した人物である。しかも、チョン・ユンフェ文書流出の濡れ衣をかけられた人物でもある。
当時の詳細は下記URLを参照していただきたい。

朴警正→情報紛失→?→世界日報→パクジマン… 核心部は迷宮

http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fwww.hankookilbo.com%2Fv%2Fbb4519155b8b4f64849bb402678f6681&wb_lp=KOJA&wb_dis=2&wb_chr=

 

 民間人チョン・ユンフェが定期的に大統領府の人間と会い情報を得ていたという大統領府の機密文書なるものは、今となっては、チョン・ユンフェと当時の大統領府公職規律秘書官であるチョ・ウンチョンを陥れるためのでっち上げられた文書である可能性が高く、首謀者はチェ・スンシルであることが9日に放送されたテレビ番組であきらかとなっている。

今日韓国国会にて朴槿恵大統領の弾劾が可決されたが、これで真相解明の努力が打ち消されることを期待している連中もいる。弾劾は真相解明の一歩であり、未だ政治家はもちろん、裁判長や検察庁は朴槿恵と深く結びついていることを考えるならば、
まだまだ前途多難であることには違いない。

証人の選定についても、何らかの圧力が働いているのかもしれない。知らぬ存ぜぬと言える人間だけを選定しているのではないかと勘繰りたくなるのである。

 

イ・ソッス、チョン・ユンフェ、パク・クァンチョンを呼ぶ…15日「第4次聴聞会」証人30人採択

 

チョ・ヒョンイル世界日報記者、キム・ファンギュン全国言論労働組合委員長、キム・ジュンモ前世界日報チーム長など言論人参考人として採択

 

チョン・チャンギュ記者

http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fwww.womaneconomy.kr%2Fnews%2FarticleView.html%3Fidxno%3D42296&wb_lp=KOJA&wb_dis=2&wb_chr=

 

■「第4次聴聞会」証人に採択された30人名簿.

 

イ・ソクス前特別監察官、パク・ジェホン前乗馬国家代表監督、チョン・ユンフェ(正閠会)前パク・クネ議員秘書室長パク・クァンチョン前大統領府行政官ハン・某ソウル警察庁経緯チョ・ハンギュ前世界日報社長ハン・ヨンゴル前世界日報編集局長(現論説委員),チェ・ギョンヒ前梨大総長、キム・ギョンスク前梨花大学長、ユン・フジュン前梨大名誉総長、○○梨大衣類学科学生(過大表),○○梨大衣類学科学生(過大表),キム・ヘスク梨大教授、ナム・グンゴン梨大教授、リュ・チョルギュン梨大教授、チェ・ウォンジャ梨大教授、チョン・スボン大検察庁情報企画官、パク・キボム乗馬協会次長、キム・サンニュル前大統領府教育文化首席秘書官、キム・ヨンソク前ミル財団理事、キム・ジョンドク前文化体育観光部長官、キム・ハンス前大統領府ニュミディオビソグァンシル行政官、キム・ヒョンス ミル財団理事長、シム・ドンソプ大韓民国芸術院事務局長、イ・キュヒョク前スピードスケーティング国家代表選手、イ・ハンソン前ミル財団常任理事、チョン・ドング前Kスポーツ財団初代理事長、パク・ホンヨンKスポーツ財団課長、チョン・ドンチュンKスポーツ財団理事長.

 

'4次聴聞会'参考人に採択された3人名簿.

 

チョ・ヒョンイル世界日報記者、キム・ファンギュン全国言論労働組合委員長、キム・ジュンモ前世界日報チーム長.

 

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参照

 

故チェ警偉兄「飢えさせて小便禁止…苛酷な行為あった」 2016-12-06 10:40

CBSキム・ヒョンジョン

http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fwww.nocutnews.co.kr%2Fnews%2F4696516&wb_lp=KOJA&wb_dis=2&wb_chr=

 

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2016年12月 8日 (木)

15日の聴聞会証人にチョ・ハンギョ前世界日報社長、チョン・ユンフェ(正閠会)ら30人確定  韓鶴子抜きの聴聞会は無意味!

 

12月7日の第2回聴聞会は、チェ・スンシルをはじめ姉のチェ・スンドク、娘のチョン・ユラなど重要なカギを握る人物が欠席したまま開催された。

この聴聞会から再認識したことは、大統領府の人事はもちろん大臣の人事権までチェ・スンシルが握っていたことである。
チェ・スンシルの愛人であったとされ、韓国文化界の皇太子ともいわれたチャ・ウンテク氏の証言によれば、彼が推薦したキム・ジョンドクが文化相に就任したことには驚いたという。そのことによってチェ・スンシルが大統領と同等の権限を持っていると感じたという。
すでに、在米ジャーナリストのアン・チヨン氏(シークレット・コリア編纂者)によれば、チョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放は、チェ・スンシルによるものであることが明らかとなっている。

セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-10b1.html


さて、15日開かれる第4次聴聞会証人として、2年前のチョン・ユンフェ国政介入事件の真相を知ろうと、暴露報道した「世界日報」(統一教会系)チョ・ハンギュ前社長、ハン・ヨンゴル論説委員(前編集局長)と、チョン・ユンフェ氏が確定した。

この問題の核心的な部分は、二つある。

一つは、チョン・ユンフェ文書が統一教の脱税隠ぺい工作の中で、政府との駆け引きで利用されたことだ。私は、この際、チェ・テミンの教団、統一教会、新天地などのカルト宗教がいかに韓国政界の深部とつながっているかをここで明らかにし、撲滅への一歩を踏み出してほしいと願わずにはいられない。

もう一つは、最近のメデイア報道で明らかになった「チョン・ユンフェ文書」を韓鶴子を通して世界日報に流したのはチェ・スンシルであり、その理由が離婚した夫・チョン・ユンフェへの妬みだったということである。一人の女の妬みが韓国政界を揺るがすとんでもない事態を生み出したのであり、そこに統一教トップの韓鶴子が大きくかかわったことを考えるならば、証人として韓鶴子も呼ぶべきである。

世界日報チョ・ハンギュ前社長は決して正義感で「チョン・ユンフェ文書」の報道をしたのではなく、チェ・スンシルと韓鶴子に踊らされた人物であることを見て取らないと、真相には近づけないだろう。恐らく彼は聴聞会では、統一教会が追及の的にされないように、大統領府の秘密とされるものを小出しにして関心をそらす作戦にまわるだろう。

2016.12.07 アジア経済

[チェ・スンシル国調特別委]チョン・ユンフェ(正閠会)、チェ・ギョンヒ梨花大前総長、チョ・ハンギュ世界日報前社長など第4次聴聞会証人30人確定…梨大学生たちも出席(総合)

http://www.asiae.co.kr/news/view.htm?idxno=2016120717154952762

以下、機械訳

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[アジア経済오상도記者]

7日開かれた「朴槿恵政府へのチェ・スンシルなど民間人による国政介入疑惑事件真相究明のための国政調査特別委員会(チェ・スンシル国調特別委)」は来る15日開かれる第4次聴聞会証人でチェ氏の夫であるチョン・ユンフェ補佐官など30人を確定した。キム・ジョンドク文化体育観光部前長官とキム・ヒョンス ミル財団前理事長も名前を連ねた。

 

国調特別委の与野党幹事はこの日、国会で開かれた国政調査2次聴聞会の中で合意を通じて、証人30人と参考人3人を確定した。 第4次聴聞会では「チョン・ユンフェ(正閠会)文書事件」「チョン・ユラ氏 梨花女子大特典入学」「キム・ジョンドク文教体育省前長官就任の背景」などが集中的に議論されるものと見られる。 

 

チョン・ユンフェ氏は朴槿恵大統領の国会議員時代秘書室長を歴任し、国政介入事件の核心人物だ。 世界日報が去る201411月単独報道した「チョン・ユンフェ(正閠会)文書」の主人公で今回の事態のきっかけを提供したことで広く知られるようになった。 世界日報は当時この文書を入手して、朴槿恵政府の陰の実力者として国政へ介入した疑惑を報道したが、経営陣が解任されるなどかえって窮地に立たされた。 

 

「チェ・スンシル ゲート」で知らされたキム前長官とチェ・スンシル氏の側近であるチャ・ウンテク監督の師匠であるキム前理事長も聴聞会に出席するものと見られる。

 

この外にチェ・スンシル氏とチョン・ユンフェ氏の娘で梨花女子大特典入学論議を起こしたチョン・ユラ氏と関連し、ユン・フジョン前梨大名誉総長、チェ・ギョンヒ梨大前総長、キム・ギョンスク、梨大前大学長なども出席する。 キム・ヘスク、ナム・グンゴンなど梨大教授3人も証人名簿に名前を連ねた。

 

また、チョン・ユラ氏と同じ講義を聞いたと伝えられた○○、○○など梨大衣類学の学生2人も出席する。 

 

言論界では世界日報出身が大勢名前を連ねた。 チョ・ハンギュ前社長とハン・ヨンゴル論説委員(前編集局長)等だ。 また、チョ某世界日報記者とキム某世界日報前チーム長、キム某全国言論労組委員長などは参考人で出席する予定だ。

 

合わせて銀行連合会と金融監督院が追加調査対象機関と指定されて二つの機関を相手に資料提出を要求できることになった。

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参照

北風と太陽

チョン・ユンフェ国政介入事件
http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/cat69581601/index.html

 

ちゃぬの裏韓国日記

なぜ韓鶴子(民主党[野党] VS 朴槿恵(セヌリ党[与党])なのか(2)

http://ameblo.jp/chanu1/entry-11987643120.html

2016年12月 6日 (火)

ドイツで統一教関係者デビット・ユン氏の支援を受けていたチェ・スンシル

Photo

チェ・スンシル親子が623日、ドイツ・フランクフルト近くの「ビデクタウナスホテル」でパーティーを楽しむ。写真左から二番目がデービッド・ユンが、その横がチェ・スンシル氏だ。 ©ニューシース

チェ・スンシルと統一教、そしてデービッド、ユン

                       sisapress 2016/12/02 

http://www.sisapress.com/journal/article/161285

ソン・チャンソプ記者

以下、機械訳

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チェ・スンシルと統一教、そしてデービッド、ユン

 sisapress2016/12/02

 

国政介入の黒幕と名指され、逮捕されたチェ・スンシル(チェ・ソウォンに改名)と統一教の関係が次々と炙り出されている。
最近、チェ・スンシルがドイツ・フランクフルト近くのタウヌスに法人を立てる際にサポートした在独韓国人のデイビッド・ユン(韓国名ユンヨンシク)という人物が統一教と関係があること、そしてチェ・スンシルが帰国前にドイツ現地で世界日報と単独インタビューした報道の経緯とデイビッド・ユンとの関係についても、多くの疑惑が浮上してきている。

 

論争の発端は在米ジャーナリストのアン・チヨン氏が1027日、自分のブログ「シークレット・オブ・コリア」に掲載した記事から始まった。 この記事で、アン氏は「世界日報がチェ・スンシルをドイツ現地でインタビューするのに元世界日報社長S氏がサポートした」と暴露して波紋を投げかけた。すなわち、チェ・スンシルと統一教の直接的な関係を取り上げたのだ。

 統一教内の「ヨーロッパ幹部」であるS氏は統一教が大株主となっている世界日報で2000年代半ば社長を歴任しており、故文鮮明総裁と韓鶴子(現総裁)夫婦の信任が厚いことで知られている。 社長在職時代S氏は「世界日報社長杯争奪在ドイツ韓国人ゴルフ大会」を開くほどドイツに多くの愛情を注いだ。

現在、統一教内でS氏の職責は巡回士兼西欧特命大使だ。 S氏が欧州地域責任者としていた時期は1993年から2003年までだ。 ベルリンに住むあるドイツ在住の同胞は時事ジャーナルに「チェ・スンシルが20年ほど前に、ドイツ(フランクフルト)にしばらく滞在しており、S氏はもちろん、当時、航空会社の乗務員だったチョン・ユンフェ氏に会ったのもその時である」と伝えた。

 

統一教「デビッド・ユンは私たちと関係ない」?

 

この他にも、ドイツ在住の韓国社会ではS氏とユン容疑者の間に統一教内のまた別の高位であるK氏が架け橋の役割をしたと考える。

 現在、アフリカ、一国家の「メシア」(地域牧師)として活動するK氏はS氏の義弟だ。 ここにチェ・スンシル氏の助力者であるユン氏がK氏の娘婿であり、ユン氏の父親はユン・ナムス前在ドイツ韓人総連合会会長である。 ユン前会長は、ドイツ派遣鉱夫出身で、ドイツ現地で世界日報ヨーロッパ支局長を務めたことが明らかになった。 ユン前会長がドイツ最大の韓国人団体である在ドイツ韓人会長を務めた時期は198788年だ。

ドイツ現地ではビデクスポーツの設立など、チェ・スンシル親子のドイツ滞在に法律的助言をしてくれたパク・スングヮンの弁護士(ドイツ)がユン氏との親交で「サポートグループ」に合流したと見ている。在米ジャーナリストのアン氏は「パク護士はユン氏より3歳年下の大学の後輩である」と指摘した。

 

中央日報など一部の国内マスコミは「ユン氏がチェ・スンシルの韓国の拠点であるテスタロサコーヒーショップ(ソウル・カンナムグ・ノンヒョンドン)にドイツ産コーヒーを納品するなど、チェ・スンシルとともに様々な事業を進めた」と報道した。 また、チェ・スンシルの娘であるチョン・ユラ氏の地元ドイツ語の先生も務めたという。 報道が事実なら、チェ氏とユン氏は、長い時間の事業パートナーとして関係を続けてきたと見るべきだ。

 

これに対して統一教関係者は「デビッド・ユンがK氏の娘婿のことは事実だが、5年前に離婚しており、統一教内の何の職責を任されておらず、結婚前はもちろん、その後も教会行事に出席しなかった」ことを明らかにした。
同関係者はまた、「ユン前会長も世界日報現地販売網だけを責任を負っただけで、統一教とは何の縁がない」とし、ユン前会長親子と統一教の関係を否定した。 彼は「S氏は妻が現在のガン闘病中であり、ずっと韓国に滞在していたため、チェ・スンシル、ドイツ現地でのインタビューには全く口出ししなかった、という話を聞いたと言って、世間の疑惑に一線を画した。
世界日報側も、「チェ・スンシルとのインタビューは世界日報独自の人的ネットワークで作られた」と主張し、根拠のない疑惑を提起する場合、法的責任を問うという立場を表明した。

 

在米ジャーナリストのアン氏がS氏を「チェ・スンシルのインタビュー(世界日報独占)」の背後の人物だと名指しした理由は1026日「シークレット・オブ・コリア」に書いたもう一人の記事「チェ・スンシル、私は統一教ヨーロッパ総責任者をイタリア大使に推薦したが、チョ・ウンチョンが反対」とも関連づけて考えてみることができる。
 
この記事で、アン氏は「チェ・スンシルがS氏をイタリア大使に推薦したが、チョ・ウンチョン当時大統領府の公職綱紀秘書官(現民主党議員)の反対で白紙化された」と述べている。

これと関連し、チョ議員は「その内容について言うことは、大統領府在職時に経験した事例に該当するので、公務上秘密漏洩罪に触れるため、そのことが大きな問題となってくるのはほぼ確実である。 私の議員活動の原則が守られるためにサポートしてほしい」と否定はしなかった。 これに対して統一教関係者も「S氏がどこの国かまでは覚えていないが、大使になれるといううわさは聞いた」と明らかにした。

 

また、チェ・スンシル親子がドイツのビデクタウナスホテルを購入するのにはデビッド・ユンの助けが大きかった。 ©連合ニュース

 

清心グループの税務調査と結び付ける見方も

 

このような中、一部では、世界日報のチェ氏とのインタビュー報道を昨年初め行われた統一教関連企業の税務調査と結び付ける見方もある。

チョンユンフェ文書」報道で世界日報が、現政府と対立したのは201411月頃だ。 その出来事以来、二ヵ月後の20151月統一教、当財団の傘下清心グループは特別税務調査を受けた。 当時、税務調査を担当したところはソウル地方国税庁調査4局で、検察で言うとソウル中央地検特捜部のような所である。


2002
8月に設立された清心グループは京畿道加平郡(キョンギ・ガピョングン)のチョンシム国際病院・清心国際青少年修練院など医療・福祉・教育関連施設を運営している。 しかし、結果的に当時、税務調査はこれといった成果を得ていないままうやむやに終わった。 統一教関係者も時事ジャーナルに「異例的な税務調査であり、教団でも困惑、そのため、情況上チョンユンフェ文書と結びつけて考えてみるしかなかった」と説明した。

 

統一教をチェ・スンシルの背後勢力と見る彼らは「当時、税務調査でいくつか非難を浴びていた統一教が政府と一種の裏協定を結び、チョ・ハンギュ世界日報社長を形として解任し、チョンユンフェ文書を報道した記者たちを転任措置したのではないか」、「チェ・スンシルインタビュー企画もそのような脈絡から見なければならない」と主張する。


また、「宿願事業である仙鶴博物館・韓日海底トンネル着工と関連がある」という主張も提起されている。 これに対して統一教関係者は「関連内容はすべて100%小説であり、世界日報の大株主が統一教であることは正しいが、報道にどんな干渉もしないのが原則」と明らかにした。

 

ソン・チャンソプ記者

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参照

 

北風と太陽 2016.10.29

演出された世界日報のチェ・スンシル独占インタビュー

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-df55.html

 

北風と太陽 2016.10.29
セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-10b1.html

 

北風と太陽 2016.10.31

チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンシル事件は無関係ではない

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-db24.html

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2016年11月19日 (土)

チョ・ハンギョ前世界日報社長の2回目の茶番劇

Photo
                                                   チョ・ハンギョ前世界日報社長

 

チョ・ハンギョという人物がどういう人物かと言えば、統一教会の脱税が疑われ税務当局が動き出した時、即ちちょうど2年前、統一教会は配下の新聞「世界日報」に政権の暴露記事(チョン・ユンフェ文書事件)を書かせ押しとどめようとした。その時の社長が彼である。


その直後、政権側と和解したのだろう。お互い知られたくない事実を隠すために統一教会側はチョ・ハンギョを一時退任させ記事の終息を宣言し、政権側は脱税調査を中断したのであった。チョ・ハンギョはその後、私の記憶では世界日報に戻されている。

この茶番劇を韓国国民は忘れてはいない。

 

そのチョ・ハンギョが、今更どの面を下げてチェ・スンシルの暴露と称してメディアに訴えに来たのだろうか。

内容としては、今までわかってきた事実から当然予想される事実ではあるが、チョ・ハンギョとしては、世界日報の2年前の不可解な終息の真相について再度あぶりだされるのを避けるために、「暴露」と称して出てきたのではないか。
そういう目線で捉えないと、今韓国国民が求めているチェ・スンシルと世界日報の関係の真相追及の世論を覆い隠すことになりかねない。私はそのことの方が気がかりだ。

公認にもチェ・スンシルが関与?…「気にくわなければ公認から落とされた」と暴露

http://news.jtbc.joins.com/article/article.aspx?news_id=NB11358496

 

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以下、機械訳

 

公認にもチェ・スンシルが関与?…「気にくわなければ公認から落とされた」と暴露

[JTBC] 入力2016-11-17

 

いわゆる「チョン・ユンフェ(正閠会)文書報道」以後退いたチョ・ハンギュ前世界日報社長が、チェ・スンシル氏がセヌリ党国会議員公認にも影響を及ぼしたのではないかという疑惑を提起して、今波紋を呼んでいます。 チェ氏が気に入らなければ世論調査で1等であっても公認を受けることができなかったと暴露しました。

 

ユン・ヨンタク記者です。

 

 

[記者]

 

チョ・ハンギュ前世界日報社長によれば、第19回総選挙当時、チェ・スンシル氏の影響で公認から落とされたという情報提供を数件受けたとのことです。

チェ・スンシル氏の気に入らなければ、セヌリ党公認を受けることができなかったということです。

 

チョ前社長は忠清(チュンチョン)圏のある地方区候補Aさんの事例を挙げました。

お金の入った封筒とともに履歴書を持ってチェ・スンシル氏に会ったAさんはいいことだけ聞いて帰ってきたが、結局公認からは落とされたと主張しました。

 

[チョ・ハンギュ前世界日報社長/TBSキム・オジュンのニュース工場:(チェ・スンシル氏が)どのような経歴で国会議員しようとするか、封筒の中の金額を見ただけで、額がちょっと少なかったとか…]

 

また、ある有名脱北女性もセヌリ党比例代表公認が有力だったが、チェ・スンシル氏が公認させなかったという情報提供も受けたとも話しました。

 

趙前社長は「嶺南(ヨンナム)地域やソウル 江南(カンナム)、比例代表などセヌリ党候補らの当選が有力なところでチェ・スンシル氏が一部公認権を行使した」とし、「チェ・スンシル氏から公認を受けた人は今みな政界を引退しなければならない」と訴えました。

 

チョ前社長は2年前の大統領府の影の実力者報道(チェ・スンシルの元夫であるチョン・ユンフェ文書報道)以後、大統領府が統一教財団を圧迫したため、自主退職するほかに道はなかったとことを明らかにしました。

 

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参照
北風と太陽 カテゴリー 

チョンユンフェ国政介入
http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/cat69581601/index.html

 

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2016年11月15日 (火)

韓鶴子来日???事実ならば、チェ・スンシル国政介入問題での取り調べ回避か

Photo                   以前来日の際、スケジュールの合間を見て食事をする韓鶴子



最近私のブログへの検索ワードで上位にランキングされているのが、「韓鶴子 来日」「韓鶴子 来日 福岡」「韓鶴子 日韓トンネル」である。

2013年に金孝南と極秘来日した記事へのアクセス数が、日を追うごとに多くなり昨日は一気にランキングのトップ。ブログ村を見てもそれらしき記事はないのだが・・・。
極秘来日ですかね?どなたか情報お持ちの方、教えてください。

 

福岡に来ていれば、日韓トンネルの何かのイベントも考えられるのだが、・・

 

それとも、チェ・スンシルをドイツでかくまったことでの検察からの取り調べ回避・・・。

今韓国ではチェ・スンシル国政介入問題で20万人デモ、100万人デモと連日朴槿恵退陣を求めるデモがエスカレートしている。

朴槿恵大統領の側近連中は、機密漏えいは大統領の指示だったと証言し、大統領への取り調べも浮上してきているようだ。

今回の事件、韓国国民は2年前のチョン・ユンフェ国政介入事件、セウォル号事件の謎の7時間と無関係ではないことを知っている。

2年前に統一教会系新聞「世界日報」がチョン・ユンフェ(チェ・スンシルの元夫)の国政介入疑惑を報じた事件は、カギを握る人物が取り調べ直後に自殺するなど不可解さを残したまま闇の中に葬られた。世界日報も一転して疑惑の報道を中断して、社長、記者の更迭を行ったのである。

 

今や韓国国民は、世界日報その背後にいる韓鶴子に事件の真相を明らかにすることを求めているのだ。

もし、その理由で日本に来ているとすれば、暫くは帰国できないだろう。

2016年11月 6日 (日)

二つの漏えい事件を通して見えてくる 統一教会とチェ・スンシルの不可解な関係

Photo                              鮮文大学 学生会の集会で真相究明と朴槿恵退陣を求める学生たち

チェ・スンシルと統一教会 互いに明かされてはいけない不正を守るために

今日も、朴槿恵退陣を求めて、ソウル市内は20万人に及ぶ人たちで埋め尽くされた。
その中でも若い人たちの参加も目立つようだ。
日本では報道されないが、韓国メディアの記事の中の統一教系新聞「世界日報」の活字が見え隠れしている。

表題の示す二つの漏えい事件の一つはチェ・シンスルの今回の事件、もう一つは2年前に「世界日報」がすっぱ抜いたチョン・ユンフェ機密文書漏えい事件である。

朴氏元側近に国政介入疑惑 揺れる韓国大統領 2014.12.05
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM04H7I_U4A201C1FF2000/

 この事件が起きるまでは、チェ・スンシルと統一教会の関係は、彼女の娘ユラが統一教会系の学校に通うなど悪くはなかったはずである。
朴政権がスタートしてから、チェ・スンシルはノーチェックで大統領府(青瓦台)に出入りし朴槿恵を操っていたことが判明した。当時統一教会は、文鮮明の5男国進が「強い韓国」を打ち出し、統一教会を代表して朴槿恵と交流していた。
また、今回問題となった世界日報元社長のS氏をイタリア大使に推薦しようというチェ・スンシルの企てもあったとのこと。それを見る限り、両者は良好な関係だったと言えよう。

それなのに、なぜ統一教会は朴槿恵、そしてその背後の実力者であるチェ・スンシルに対して、傘下の「世界日報」を使って2年前に脅しをかけたのか。

統一教会を脱会された在韓の日本人夫人たちや、韓国統一教会の経理部門に携わってきた信者たちはその理由を知っていた。
税務局との対立である。
それをなんとか阻止しようと2年前の世界日報の記事となったのである。

でも、よく考えてみれば、統一教会とチェ・スンシルは父親の代からの交流があり、統一教会がチェ・スンシルに頼めば解決できたと思われるのだが・・・何があったのか。

それは、未だ明らかになっていない出来事があったと考えるのが自然である。
例えば今問題になっているチェ・スンシルの当時準備しつつあった二つの財団への寄付金要請を統一教財団のグループが断ったとか。

原因は案外、そんなところにありそうだ。

それをよく思わなかったチェ・スンシルが不明瞭な統一教会の資産運営に目をつけて、国税庁を動かしかけたのはいいが、逆に「世界日報」で反撃を食らったというのが真実ではないだろうか。
結局、どちらも、明かされてはいけない不正があるがゆえに、互いに矛を収めた。そのために、今は庇い合わざるをえない関係がモンモンと存在するのではないだろうか。

そして、今回のチェ・スンシル国政介入事件である。韓国の小さなマスメディアから始まった朴槿恵とチェ・スンシルの隷属関係は、もともと陰で言われていたことが、ここにきて大手マスメディアも乗っかる形で広がった。

統一教会系「世界日報」に対する不信も広がりつつある。

2年前に収拾してしまったために、世界日報が公開できなかった7~8個の機密情報(公開すれば大統領退陣は必至と言われていた)について、国民は公開を求めている。

 

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参照

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002255032&CMPT_CD=P0001

 

以下、機械訳

Ohmy News 2016.10.27

「重要情報78個公開すれば、大統領退陣は必至」

     統一教はチェ・スンシル国政介入を事前に知っていたか?

2年前の「チョン・ユンフェ文書」世界日報・報道当時に信徒対策委が警告..

 

パク・クネ大統領の「陰の側近'チェ・スンシルが統一教幹部をイタリア大使に任命しようとしたが、チョ・ウルチョン当時大統領府公職規律秘書官の反対にあったという記事が27日に出てきた。

 

統一教が所有している<世界日報>がチェ氏インタビュー記事を報道した直後とチェ氏と終端の関係に対する気がかりなことも拡がっている。

2年前、統一教内部では「<世界日報>がまだ公開しなかった78個の大統領府の最重要情報が公開されるならば大統領が退陣しなければならない事態を起こしうる」という話も流れ出た。

 

 <世界日報>がチェ氏インタビューをインターネットに載せた見解は1027日午前5時頃.。在米同胞アン・チヨンさんが運営するブログ<シークレットオブコリア>は約2時間後、匿名の複数の消息筋を引用して「チェ氏がパク・クネ政権スタート直後、S氏をイタリア大使として推薦した。しかしチョ・ウウルチョン当時大統領府公職規律秘書官の反対に失敗に終わった」と伝えた。

 

ニューヨーク地域統一教幹部関係者たちによれば、夫婦であったチェ・スンシル-チョン・ユンフェ夫婦と親しかったS氏がイタリア大使に推薦されたというのは統一教内部では良く知られた話だったという。

 

消息筋は「S氏が▲ 1975年から統一教に心酔したし1993年から2003年まで世界平和統一家庭連合のヨーロッパ会長で在職したし統一教創始者である故文鮮明総裁の最側近に選ばれた人物▲チョン氏と同郷であり統一教ヨーロッパ総裁を永らく引き受けて<世界日報>社長を過ごした人物でドイツで長く居住した」と伝えた。

 

チェ氏が大統領府にイタリア大使を推薦した時点は不明だ。 だが、パク・クネ政府スタート春季公館長要人では外交官試験出身のペ・ジェヒョン外交部儀典長がイタリア大使に任命された(2013614日外交部発表). ペ大使は2年後定期人事で交替させられたが、後任大使にも正統外交官であるイ・ヨンジュンさんが任命された。

 

チェ氏の人事請負が事実であったとすれば、結果としてこれが失敗したわけだが、この過程で人事検証に参加したチョ・ウルチョン議員は未だ沈黙を守っている。

 

チョ議員はフェイスブック文を通じて「朝から記者たちの電話が殺到している。一つでもさらに確認したい記者たちの心情は十分理解するが私がいちいち応対する場合、その内容が大統領府在職時経験した事例に該当するので'、答えれば公務上秘密漏洩罪は確実だ」という 理由を挙げた。

 

2年前の統一教信徒対策委で「大統領府の超重要情報78個を公開すれば大統領を退陣に追い込むことができる」

 

「<世界日報>の、チェ・スンシル インタビューもS氏が斡旋した」という消息筋の証言も大きな課題として浮上してきている。

 

チョ議員が身を置いた大統領府公職規律秘書官室は201416日「大統領府秘書室長交替説とVIP側近(チョン・ユンフェ)動向」などの文書を作成したが、同じ年1124<世界日報>はこの文書などに基づいてチョン氏の国政介入疑惑を提起する報道をして大問題となった。

 

実は、この<世界日報>報道前後、国税庁は新聞社の親会社である統一グループ財団本部と系列会社3ヶ所に対する大々的な税務調査を進めていたのだ。

 

統一グループの税務調査と検察の<世界日報>押収捜索時(2014125)等でパク・クネ政権との対立の葛藤が高まると、すぐに「統一教信徒対策委'内部では「<世界日報>がまだ公開していない78個の大統領府の重要情報を公開するならば大統領が退陣しなければならない事態が起きるということを大統領府はよく知っている」という 話も出てきた。(ハンギョレ、2015123日午後インターネット版'キムィギョムの愚衷左道を')

 

<世界日報>の相次いだ報道でチョン氏と会ったと指摘された大統領府正号性・アン・ポングン秘書官など8人はチョ・ハンギュ<世界日報>社長と取材記者など6人を出版物による名誉毀損疑惑で告訴したが、ソウル中央地検刑事1(部長検事シム・ウジョン)は今年7月大統領府による訴え取下げで、この事件を「控訴権なし」ということで終結処理したのだ。

 

アン氏の消息筋は「2014年チョン・ユンフェ文書を<世界日報>が単独報道した時も経営陣の縮小圧力が多かった。その圧力の実体が何かは想像に任せる」としながら余韻を残した。

 

世界日報編集局記者たちは声明を通じて「2年前大統領側近飛仙(ビソン)国政壟断疑惑を最初・連続報道した後、外部の圧迫と色々な波風を体験したが、報道機関と報道の本領を守るための意志と努力は未だ健在だ」として「チェ氏インタビューは困難な挑戦であり緊迫した状況でなされた。 報道がなされるまでの過程とより詳細な内容の後続報道を準備中」と明らかにした。

 

2016年11月 4日 (金)

チェ・スンシル国政介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ

チェ・スンシル国政介入疑惑の背景(後編) 隠遁生活から大統領の道へ

 

時代

 

1981年9月 全斗煥政権誕生。政権の朴正煕の足跡を消す方針の下で、朴槿恵は隠遁生活を余儀なくされる。

 

1985年 チェ・スンシルドイツから帰国。陸英財団理事長だった朴大統領と再会。江南区(カンナムグ)、狎鴎亭洞(アックジョンドン)と新寺洞(シンサドン)で学院(塾)と幼稚園、児童教育関連社説研究所を運営し始めた。

 

1987年 国立墓地で故朴正煕の追悼式が開かれた。

 

1988年 盧泰愚政権誕生

 

1988年 朴正熙・陸英修記念事業会発足

 

1989年 朴正熙死亡10周忌追悼行事を15万人が参拝する大々的な規模で行った

 

1989年 朴槿恵はチェ・テミンと一緒に陸英修を追慕する団体‘槿花奉仕団’を組織し、一時は全国で70万人を組織。

 

 1990年 朴正熙の業績を描いた<民族の指導者>が出版される。

 

チェ・テミンが子供会館の敷地にグンファウォン(槿花院)を建てグンファ教会を立てたと伝えている。この「槿」は朴槿恵の「槿」と同じ漢字(ムクゲ)を使っている。

 

 1990年8月 朴槿恵の妹と弟が、チェ・テミンとチェ・スンシル親子による陸英財団の専横を問題視し、妹の槿令氏は「詐欺師のチェ・テミンを厳罰し、チェ・テミンに洗脳された姉の朴槿恵を元国家元首遺族保護レベルで救出してほしい」という内容の嘆願書を盧泰愚大統領に提出した。調査によりチェ・テミンの横領発覚で育英財団混乱。朴槿恵、理事長職を辞任。

 

1993年 金泳三政権誕生

 

1994年 チェ・テミン、慢性腎不全で死去。

 

1997年 朴槿恵 イ・フェチャン新韓国党大統領選挙候補の選挙対策委員会顧問に任命される。

 

当時、朴槿恵はいとこの義兄であり朴正熙の‘同志’であったキム・ジョンピルではなく、新韓国党を選んだ。キム・ジョンピルの自民連には母方のおじ(ユク・インス)もいたし、朴正熙秘書室長出身のパク・テジュンもいた。それでも朴槿恵は自民連の誘いには乗らなかった。 多くの父の側近が裏切り、全斗煥新軍部に向かった時代に対する朴槿恵なりの返答だった。 当時キム・ジョンピルとパク・テジュンの「朴正熙の業績を継承する」という話に、朴槿恵はこのように応酬した。 「私は、父と国民が国の基礎を固めようと努める姿をそばで見守った。 しかし1980年代に入って父の業績が歪曲された時、私は沈黙したが、時代に便乗し私を罵倒した人々からの話は、自分たちの利益第一だけで、信じることはできない。」

 

1998年 金大中政権誕生

 

1998年 朴槿恵国会議員再・補欠選挙で当選。このとき、チェ・スンシルの夫・チョン・ユンフェが朴槿恵の側近として登場。

 

 2002年 パク候補が当時ハンナラ党を離党して韓国未来連合を創党、総裁に就任した。チョン・ユンフェは総裁秘書室長に就任。

 

2003年2月 廬武鉉政権誕生

 

2004年 朴槿恵、ハンナラ党の代表になるが、そのとき、チョン・ユンフェが去る。側近3人組の登場・李在万(イ・ジェマン)、チョン・ホソン、アン・ボングン補佐官。

 

2007年 ハンナラ党大統領候補党内選挙でチェ・テミンの疑惑との関係で、チェ・テミンの娘婿チョン・ユンフェがチェ家の財産形成において朴槿恵の陸英会理事長時代に便宜を図った疑いも出てきた。

 

2008年 李明博政権誕生

 

2013年 朴槿恵政権誕生

2014年2月 チェ・スンシルとチョンユンフェ離婚

2014年4月 セウォル号大惨事

2014年8月 セウォル号沈没時の大統領の「謎の7時間」として朴槿恵とチョンユンフェの密会記事が掲載された。

2014年11月 一般人のチョンユンフェが国政機密を入手していたと、世界日報がすっぱ抜いた。

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解説


  前回に続いて、この解説も「もっとコリア」の記事を参照していただきたい。
母を失い、長く隠遁生活を強いられ、朴槿恵がそれから脱却をしていく過程を考えるうえで、チェ親子との関係は切り離すことができません。
 とくに、亡き母の為の陸英財団の運営を巡って、チェ親子の財団専横を非難されても、朴槿恵が彼らと袂を絶つことはありませんでした。むしろ彼女が国会議員、大統領への準備をする上でより強い関係、今から振り返ればインチキ霊能師親子による従属関係が完成していくときでした。


 そんな事件があっても、次第に彼女の周りには、政治的勝利を収めようとする人物たちが集まるようになります。その後大統領となる金大中、李明博にしても、彼女の存在を無視できなかったのです。

前編と後編に分けて、年表も挿入して紹介してきましたが、ここに書かれてある朴槿恵の足取りから、その後のセウォル号事件での「謎の7時間」の大統領への不信。かつての朴槿恵の影の実力者であるチョン・ユンフェ(チェ・スンシルの元夫)の国政介入事件、そして今回のチェ・スンシル国政介入事件の背景に、操り人形と化した朴槿恵の姿が見て取れるのではないでしょうか。

 

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もっとコリア

「朴槿恵大統領の秘線実勢(隠れた実勢力)だというチェ・スンシルはどんな人物ですか?(後編)

http://mottokorea.com/mottoKoreaW/QnA_list.do?bbsBasketType=R&seq=44478&pageNum=1

 

 

朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が側近に殺害された後、ファーストレディだった朴槿恵(パク・クネ)の境遇も悲惨になりました。

 

長年住んでいた青瓦台(大統領府)から出て行く朴槿恵に、当時保安司令官として最高権力を握った全斗煥(チョン・ドゥファン)から青瓦台の金庫にあった10億ウォンのうち、6億ウォンを受け取りました。当時人気があった江南大峙(テチ)洞のウンマアパートを30戸ほどを買う巨額で、兄弟が引越しした新堂(シンダン)洞の家も敷地99坪に建坪39坪の邸宅でした。

 

17代大統領選挙の過程で、このお金が問題に浮上すると、朴槿恵は生活費に使ったと釈明し、財産を社会に還元すると約束しました。しかし、当時朴槿恵姉弟は漠然としたはずです。胸が空っぽのように漠然としたでしょう。彼らの手から既に権力は漏れていきました。

 

政府や企業の要職から退いても世の中が終わった気分を感じるというのに、権力の座の外に押し出された若い姉弟の心情はいかがなものでしょうか? 朴槿恵の虚しさをそばで支えた人が、チェ・テミン(崔太敏)とチェ・スンシル(崔順実 )父娘でした。

 

チェ・スンシル氏は側近に、「人は義理が必要だ。私が今まで姉さんの隣で義理を守っているから、私がそれだけのものを受けているんじゃない」と言ったといいます。考えてみれば、朴正煕の死後、チェ・テミンの権力も消えたでしょう。朴槿恵とチェ・テミン父娘とのつながりであったセマウル奉仕団も198011月に強制解散しました。

 

チェ・テミンは全斗煥が指揮する合同捜査本部の捜査を受けた後、しばらくの間、江原道に追い出されたりもしました。

 

朴槿恵が陸英財団と嶺南(ヨンナム)大学を通じて活動を開始する際、チェ・テミン父娘も参加したのです。今日韓国社会で起こっていることが陸英財団ですでに行われたりもしました。陸英財団が運営する子ども会館でチェ・テミン父娘が権力を振り回すせいで紛乱が生じたのです。

 

『女性中央』(198710月)は、「チェ・テミンに優先報告をしてから理事長(朴槿恵)の決裁を受けられた」という財団職員の証言を盛り込んでいました。顧問の肩書きをつけたチェ・テミンと何の職責もないチェ・スンシルら、いわゆる「外部勢力」に対して、子ども財団の雑誌社の記者らがストライキして、従業員らが座り込みを繰り広げるようになりました。

 

朴槿恵の妹の朴槿令(パク・クンリョン)は、姉にチェ・テミンを財団から出て行かせろと言い、姉妹の仲がねじれましたね。姉が自分の話を聞く気配がなかったため、朴槿令は1990年に「本当に私たちの姉さんは、チェ・テミンに騙された罪しかありません。騙されている姉さんが可哀想です」という内容のA4用紙12枚分の長い自筆の嘆願書を送りました。

 

嘆願書で朴槿令は、「閣下夫妻が姉に会ってくだされば、この点をチェ氏が巧みに利用して私たちの姉を自身の手中に入れ、その強大な力をむしろ私たちの遺族弾圧に逆利用するだろう」と主張しました。

 

子ども財団の紛乱は、199011月に理事長職を朴槿令に渡す時まで続いたが、朴槿恵は理事長職から退きながら「私が誰かに操縦されているということは、私の人格に対する冒涜だ」とし、チェ・テミンの専横疑惑を否定しました。

 

2006年と2007年の聴聞会でチェ・テミンとその家族(チェ・スンシル)の不正行為についての質問にも、朴槿恵は「チェ・テミンが策略で苦境に追い込まれることは無念です」と答え、「私が難しい時期に私を助けてくれた人であり、そのことに感謝している。素晴らしい方だ」と庇護しました。このように、朴槿恵がチェ・テミンを徹底的にかばうため、朴槿恵とチェ・テミンの間に隠し子がいるという疑惑さえ複数回提起されました。

 

チェ・テミンはその後、自宅に蟄居して老衰で息を引き取ったが、彼の影が朴槿恵のそばに再び登場します。政治とは距離が遠いと思っていた朴槿恵が1998年に国会議員になり、チェ・スンシルの夫チョン・ユンフェ氏が朴槿恵の秘書室長として政界に現れたのです。チョン・ユンフェは、朴槿恵がハンナラ党代表になり、自分の意思が半分、他人の意志が半分で去る時まで「秘書室長」と呼ばれました。

 

チョン・ユンフェは、現在まで続いた朴槿恵の補佐陣を構成した秘線実勢(隠れた実勢者)と考えられたりもしましたが、実状はチョン・ユンフェも離婚した元妻チェ・スンシルの影に過ぎなかったわけですね。

 

過去2014年にチョン・ユンフェが国政に介入したという疑惑が強まり、青瓦台の文献を流出したという容疑で電撃逮捕されたパク・グァンチョン警正は、検察の調査で「私たちの国(韓国)の権力序列がどうなっているか知っていますか? チェ・スンシル氏が1位、チョン氏は2位で、朴槿恵大統領は3位に過ぎない」と一言言ったが、この話が外に流れ出て広く知れ渡りました。

チェ・スンシルの娘チョン・ユラがあらゆる特恵を享受し、乗馬大会に参加して準優勝に終わった後、チョン・ユラが出した嘆願をうまく処理できなかった、それだけの理由で、大統領から「真に悪い公務員」として、文化体育観光部の局・課長が更迭された。大統領が3位というのも納得のいくところです。

 

チェ・スンシルが権力序列1位に上がった秘訣は、父から受け継いだ夢占いと個人的親交、すなわち朴槿恵の母の死から始まる40年に及ぶ義理です。
朴槿恵大統領の周辺に漂うあらゆる疑惑は、この義理1つによって生まれ、この義理で大韓民国は非常に奇妙な国として墜落してしまったのです。

 

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参照

                北風と太陽

演出された世界日報のチェ・スンシル独占インタビュー

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-df55.html

セウォル号とチョ・ウンチョン大統領府公職規律秘書官の公職追放

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-10b1.html

チョン・ユンフェ国政介入事件と今回のチェ・スンイル事件は無関係ではない

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-db24.html

韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy

http://freedom-cult.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/20161031-korea-.html

2016年11月 2日 (水)

チェ・スンシル国政介入疑惑の背景(前編) 不正の始まりは朴正煕軍事政権時代

チェ・スンシル国政介入疑惑の背景(前編) 

Photo               朴正煕 朴槿恵 チェ・テミン

父・チェ・テミンの不正の始まりは 朴正煕軍事政権時代

 

             時代

1912年 崔順実(チェ・スンシル)の父・崔太敏(チェ・テミン)は黄海道                                          で生まれ、植民地時代に警察業務を遂行したといい、解放後、僧侶になったという。

 

1952年 2月 朴槿恵(パク・クネ)誕生

1956年 6月 崔順実(チェ・スンシル)誕生

 

1963年 12・16朴正煕軍事クーデター

 

1970年代初め 崔太敏(チェ・テミン仏教・キリスト教・天道教を総合しながら「永生教」を創始して教主になった。のちに、永生教の看板を下ろした。

 

1974年 8月 朴槿恵の母・陸英修暗殺される。チェ・テミンが朴槿恵に一通の手紙を送る。それが洗脳の始まり。

1975年4月 チェ・テミンが「大韓救国宣教団」を設立し、翌月に開催した「救国祈祷会」、6月の「大韓救国十字軍」創軍式などに朴槿恵が出席した。

 

1976年 朴槿恵はチェ・テミンがいくつかの団体を統合して設立した「セマウム奉仕団」の総裁となった。

 

1977年9月 チェ。テミンが、金載圭(キム・ジェギュ)中央情報部長の報告で朴正熙大統領から不正容疑などで直接尋問を受けるが、処理されず。

 

1979年6月 「第1回セマウム祭典」(行事でチェ・スンシル氏が朴槿恵に密着随行する姿が入った映像を公開されている。)

 

1979年 チェ・スンシルはドイツに留学

 

1979年10.26 朴正煕、金載圭(キム・ジェギュ)中央情報部長によって暗殺される。

金載圭中央情報部長は事件後に裁判所に提出した控訴理由補充書の「チェ・テミンの救国女性奉仕団と関連した令嬢の問題」という文書で、「この問題が10・26暗殺の動機のうち間接的だが重要なもの」と明らかにした。

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             解説

下手な私の解説よりも、ネットニュースの「もっと、コリア」が、母親を暗殺され、その心の寂しさに付け込んでゆくチェ・テミンのカルト的手法にも触れているので、紹介させて頂きたい。

それと、このレポートのもう一つ重要な点は、今の大統領府の機密漏えい事件よりも遥か前、すなわち朴槿恵の父・朴正煕が暗殺された1979年、逮捕された中央情報部長・金載圭(キム・ジェギュ)の大統領を殺したかった理由の一つが、チェ・テミンの不正をもみ消したことへの恨みもあったことが浮き彫りにされています。
今の日本の報道では、なかなかそこまでは取り上げられませんが、この事実を見る限り、当時弱小宗教だった統一教会やチェ・テミンの宗教が、社会的問題を起こしながらも生き延びてきている大きな要因は、反共救国の旗を掲げて朴政権はもちろん、その後の韓国の政権と深い関係を持つことができたからです。

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紹介

もっとコリア

朴槿恵大統領の秘線実勢(隠れた実勢力)だというチェ・スンシルはどんな人物ですか?(前編)

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19796月の写真です。インターネット媒体NEWSTAPAが発掘した第1回「セマウル祭典」の資料写真には、李明博(イ・ミョンパク)、当時の現代建設社長も登場します。当時、韓国のファーストレディ役をしていた大統領令嬢に近づきたくてもどうしても接近できず、気をもんでいる表情です。

 

セマウル財団の朴槿恵(パク・クネ)総裁の横にぴったりはりついて恍惚と仰ぎ見る女子学生が羨ましかったのかもしれません。令嬢の隣の女子学生、彼女こそが最近、韓国社会に地震を起こしたチェ・スンシル(崔順実 / チェ・ソウォンに改名)です。チェ・スンシルが「セマウル大学生総連合会」の会長として行事を主管したため、至近距離で総裁を補佐することは当たり前だったのかもしれません。当時、朴総裁は27歳、チェ・スンシルは23歳でした。

 

セマウル大学生総連合会会長のチェ・スンシルは、檀国(タングク)大学1年生の女子生徒でした。当時、韓国で中下位圏に分類されていた檀国大学の学生、それも幼い女子学生がものすごい官職の冠を被ったのです。大統領の後ろに隠れて国政を壟断した実勢の力が、その時にも感じられますね。

 

幼い女子学生がどのような縁で大統領令嬢の目にかなうことになったのでしょうか。彼女の父親チェ・テミン(崔太敏)のおかげと言えます。

 

1974年、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領夫人の陸英修(ユク・ヨンス)が行事会場で銃で撃たれてこの世を去る前までは、チェ・テミンという名前は韓国政治史に登場していませんでした。母親を亡くした後、心に傷を負った朴槿恵に送ったチェ・テミンの手紙1枚が、韓国政治史に悲劇を追加する端緒になりました。

 

手紙は、夢で亡くなった令夫人を見た。娘をよろしくと頼んでいた」という内容のものでした。夢に現れたユク・ヨンスが、「私が死んだのは、私たちの娘をアジアの指導者として育てるためだと言ったという母の魂に憑依されたというチェ・テミンに、大統領令嬢はすっかり惹かれました。九重宮闕に出入りして権力者を魅了する宗教人、そのためチェ・テミンには「韓国のグリゴリー・ラスプーチン(Grigory Rasputin)」というニックネームがつきました。

 

チェ・テミンは一言でミステリアスな人物です。警察出身の彼は仏教の僧侶になったこともあり、カトリックの洗礼を受けたこともあるそうです。1970年代には、ソウルと大田(テジョン)一帯で難病を治療するというエセ宗教行為を行ったりもしました。仏教とキリスト教、カトリック教を総合したという教義でバンミンという偽名を使いながら、自らを「檀君」、「弥勒」と呼んだりもしました。

 

朴槿恵の信任を得た後は、それまで渉猟した宗教を捨てて牧師になりました。牧師から按手は受けましたが、牧師になるためのコースの1つである神学校に通っていた形跡は見受けられません。そのため巷では「金で牧師職を買った」という噂も出回りました。

 

生前に7つの名前を持っていた彼が、テミン(太敏)という最後の名前を使い始めたのもその頃です。名前だけでなく、彼には妻も多くいました。6人の妻から9人の子どもが生まれました。その中の5番目の妻を大事にし、その中でも5番目の娘チェ・スンシルが自分の現夢を受け継いだとし、寵愛したと言われています。

 

大統領令嬢の後ろだてを得たチェ・テミンは、強大な力を持つようになりました。新羅ホテルとロッテホテルで毎日、政・官・財界の人事に会い、請託も受けました。

 

公式的な肩書きが必要だったのか、「大韓救国宣教団」を発足して自ら総裁に就任しました。1975年に臨津江(イムジン川)で開いた祈祷会の行事には2000人の聴衆が集まった中、朴槿恵も参加しました。その場でチェ・テミンの即席提案により朴槿恵は名誉総裁に推戴されました。カトリック大学の西江(ソガン)大学を卒業した朴槿恵大統領が、プロテスタントとも縁を結ぶことになった場です。

 

その後、朴槿恵は救国宣教団の行事に頻繁に参加し、チェ・テミンに力を与えました。救国宣教団は1976年に救国奉仕団に、そして2年後には「セマウル奉仕団」に変わります。セマウル奉仕団は、朴槿恵がファーストレディの役割をしながら積んだキャリアの中の核心であるセマウル運動の本山の役割を引き受けることになります。

 

大統領令嬢の名前を売って回り、あらゆる利権に介入するため事情機関はこれを黙過できませんでした。中央情報部は「工事受注」、「将軍の昇進」、「国会議員公薦」などの名目で金を受け取り、公金を横領した44件の不正項目と複雑な女性関係が盛り込まれた文書を作成しました。

 

このような不正が明らかになりましたが、チェ・テミンに対する本格的な捜査はありませんでした。代わりに、現代社会では見ることが難しい不思議な裁判が行われました。朴正煕大統領が直接主管した親鞫(王が親しく尋問すること)が青瓦台大統領執務室で開かれました。

 

原告の資格で中央情報部長、弁護人の資格で朴槿恵が同席したのです。朴正熙はチェ・テミンが再び青瓦台の近所に出没できないようにし、複雑な女性関係の芽を取り除き、チェ・テミンを去勢させるように命令を下しました。このような命令を受けた人は、中央情報部長や事情責任者ではなく秘書室長でした。

 

秘書室長は大統領の気持ちを酌みました。なぜ私に? そっとしておいてくれという意味のようだと感づいたのでしょう。母親を亡くし、セマウル運動という活動に心を寄せる娘を不憫に思う大統領の心思を読んだのでしょう。

 

死んだ人が夢枕に立つようなチェ・テミンが、まさかそのような大統領の意中を読めなかったはずがありません。彼はどんなに悪いことをしても、司法当局に連れて行かれず、大統領に親鞫を受ける人物だと鼻高々だったことでしょう。父親チェ・テミンのそのような姿が、今日のチェ・スンシルからも伺えるということが悲劇です。

 

(後編に続く)

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2016年10月31日 (月)

日帝下の韓国教会と異端・・卓志一 現代宗教2009年12月号より翻訳 

        日帝下の韓国教会と異端

 

  卓志一(本誌編集者 釜山長神大教授) 現代宗教2009年12月号より翻訳
 

1)日帝の宗教政策

 

 
 
 平壌大復興運動が起きた1907年に公表された「韓日新協約」(1907.7.24)と「保安法」(1907.7.27)によると、日帝は朝鮮半島において、すでに立法、司法、行政の三権を掌握していた。そして、「朝鮮統治の最高方針」(1910)と「教育勅語」(1912)は朝鮮統治の究極的な目的が天皇中心の内鮮一体ということをはっきりと表している。

 1919
年の三.一運動以後にも、このような統治原則には変わりはなかった。朝鮮総督府の「治安維持法」(1925.4)は、これまでと変わらない天皇中心の内鮮一体を強調している。すなわち、日帝強制占領期の間、日帝の統治原則は決して変わることはなく、ただ統治方法のみが状況に合わせて変わるだけだった。

 日帝のこのような朝鮮統治原則は、宗教政策にも適応された。朝鮮総督府の「布教規則」(1915.8.16)によると、宗教布教活動を願う者はもちろん(第3条)、宗教施設の設立においても(第9条)朝鮮総督府に詳細に報告し、許可を得なければならなかった。すべての宗教活動に対する総督府の包括的な統制は、もちろん天皇中心の内鮮一体という統治原則を適応していく為の事だった。

 

  

 

 「布教規則」は神道、仏教、キリスト教に対して主に適用されていたが(第1条)、“宗教と類似した団体”にも適用することができた(第15条)。しかし、各地域で起こった新興宗教団体らを統制することは容易ではなかった。このため朝鮮総督府は1935年、村山智順が調査した1000ページもの分量の『朝鮮の類似宗教』という資料集を発刊した。この資料集は韓国で発生したすべての宗教と、特に日帝の統治に協力的ではない新しい宗教団体を(類似宗教)と分類しながら、その否定的な面を浮き出させて宗教弾圧のための口実を使った。反面、日帝は朝鮮統治の助けになる団体らは、朝鮮教会の分裂を助長するために内密に支援育成するという、二重的な政策を実施した。

 

 

 例をあげると、キリスト教派運動の小宗派運動中、民族主義的な性質を持っていたパク・トンギのシオン山帝国とイ・スンファの天道教があった。

 

パク・トンギは彼自身の神秘体験を根拠に、カトリックの神社参拝を批判して日帝に対する闘争を主張し、1944425日、シオン山帝国を設立した。しかし1945521日、住民の密告で逮捕され、816日の出監まで酷い審問に遭った。

 

 

 また、イ・スンファも彼女の神秘体験を根拠に1919年陰暦の629日、ソウルの四大門(注:ソウルの4つの城門。東の興仁門、西の敦義門、南の崇礼門、北の粛清門)の上に神様の啓示を受けて作ったという太極八掛を掲げて独立万歳を叫んだが逮捕され、保安法違反などの容疑で拷問を受け、3年半の間獄苦を経験した。

 

 

反 面、反宣教的な感情を表しながら、いわゆる朝鮮的なキリスト教を指向したチェ・ジュンジンの自由教、イ・マンジプの自治運動、キム・ジャンホの朝鮮キリスト教などの場合には、むしろ日帝の関心と支援を受けることになった。日帝強制占領下のキリスト教異端運動などは、このような日帝の宗教政策の影響下に起きたのである。


2)日帝下 キリスト教異端運動発興

 

 

 日帝下のキリスト教異端運動は1930年代以降に本格化された。

 

1931年の満州事変、1937年の中日戦争、1941年の太平洋戦争を経て、日帝の大陸侵略は段々と露骨化され、朝鮮は戦時体制の下、戦争協力強要と民族抹殺政策のため苦痛を受けた。韓国教会には苦難の時期だった。

 

 

 三一運動を通して成長した民族解放のための希望であった信仰は、十字架で苦難を受けられたイエス・キリストを見上げる忍耐の信仰に変わった。このような社会的な不安情勢と不確実性は、韓国教会の中に神秘主義的な傾向を持つキリスト教異端運動の発興の背景になる。

 何よりも、日帝下の異端運動は救いに対する性的接近が際立っている。世界教会史は聖(spirituality)と性(sexuality)の緊張を持続的に表しているが、韓国異端運動の根にもこのような性的接近(sexual motif)が特長的に表れている。

 

 

 金百文(19171990)が代表的な人物である。韓国異端運動の根とも言える金百文は、文鮮明とパク・テソンなど数多くのキリスト教異端運動に直接的に教理的影響を与えた。金百文の『聖神神学』(1954)、『キリスト教根本原理』(1958)『信仰人格論』(1970)に表れる主張は文鮮明の『原理講論』のそれと類似しているように見える。

 

  

 

 金百文は『キリスト教根本原理』で堕落に対する説明を“女性エバから誘われ、善悪の実の犯行という使神[蛇]から現れた悪霊との肉体的な淫行を話すことになるが、すなわち使神と直接的な肉体性交を犯して、エバから女性の処女貞操を蹂躙(じゅうりん)することも大きく、血統に狂ったその罪悪性はまもなく肉体の性欲感をそこから受け持つことで創造本性の愛の反対の性理である情欲の育成へと悪化してしまったのだ”(485ページ)と主張する。

 文鮮明も『原理講論』で“人間の祖先が天使と淫行することで、すべての人間が「サタン」の血統に生まれてしまった為だ。…我々は天使と人間の間に淫行関係があり、それが堕落の原因になっているという事実を知ることができる”(84ページ)と説明している。

 

このような堕落から人類を回復させるに、いわゆる“メシアの降臨とその再臨の目的”があることだ。文鮮明はこの再臨主が韓国に生まれ、地上天国を建設するのだと主張する。文鮮明が金百文の教理に影響を受けているのが明らかに分かる。

 


 このような数々の主張は、この後の他の異端団体らの教理にも容易く発見される。金百文の堕落と復帰に関する主張は、文鮮明の影響を受けた鄭明析(チョン・ミョンソク)の『30概論』にもそれが反復されている。

 

結果的にこのような教理によって、異端団体の教主らによる性的問題などが引き起こされていることは推測できる。すなわち性的堕落の回復は、教主との性的関係を通して成し遂げられるという、彼らの隠された主張である。このような復帰過程は、社会的通念では受け入れられない非倫理的な姿で現れ、実践法の制裁を受けた。

 


 興味をもつ事実は、金百文の影響を受けた文鮮明系列の異端団体らは、教主を再臨主、そしてパク・テソン系列は恵みの聖霊を神格化しているのが見られることだ。これは韓国の異端運動などが独立的に生まれたのではなく、相互の影響を受け与えながら発興してきたと見える。これにより、キリスト教異端を研究する専門家たちは、韓国の異端団体らを説明しながら“系譜”という表現をする。


『現代宗教』2009.12 より引用&翻訳 訳者サランヘヨさん

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韓国社会に垣間見る「疑似宗教」 ・・2016.10.31 korea news & joy

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  韓国社会に垣間見る「疑似宗教」  

以下、機械訳

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   韓国社会に垣間見る「疑似宗教」  

이은혜 기자 eunlee@newsnjoy.or.kr | 2016.10.28

 

チェ・スンシル事件に登場する永生教、統一教、新天地...目標は、教祖の治める「異端の王国」

ニュース・アンド・ジョイ - イ・ウネ記者

 

毎朝、「チェ・スンシル」の新たなニュースで溢れている日々が続いている。

その中で韓国の主要な「疑似宗教」とチェ・スンシル一家の関連性を提起する記事が多い。朴槿恵大統領が若い時からチェ・スンシル一家に頼ってきた点、チェ・スンシル一家が韓国政治をもてあそんだことを考えてみると、大韓民国が疑似宗教に大きく影響を受けたという事実を否定することはできない。

 

今まで出てきた疑似宗教の名前は、「永生教」、「統一教会」、「新天地」などがある。今回の記事では、主な異端似非宗教がキリスト教を標榜し、どのように分派を形成してきたか見てみる

 

チェ・テミンが立てた「槿花」教会、永生教資金援助者であった槿花'失業

 

故チェ・テミンは疑似宗教の教祖であった。すでにいくつかのメディアが明らかにしたように、チェ氏は「永生教」という新興宗教の教主であった。彼はは一時「前渡観」として知られてバクテソンの天賦教も身を置いたことが分かった。 1973年に、彼は仏教・キリスト教・天道教を混合した新興宗教「永生教」を創立する。この時まではチェ・テミンは、自分自身を牧師ではなく、「勅使」という名前で呼んだ。

 

1975年チェ氏は権力にアクセスするために正体不明の総会で「牧師」として認可された。以来、大韓イエス教長老会解凍総会を作って責任者になった。大韓救国宣教団を作って、定期的に救国祈祷会を開き、朴正煕政権に力を与える役割を引き受けた。この団体は、救国隊、セマウム奉仕団運動本部と団体名の名前を変更しながら活動を続けた。当時ファーストレディーの役割をしていた朴槿恵は、この団体の名誉総裁・総裁に名を連ねた。

 

チェ・テミンが作った永生教と1990年代の悪名を馳せたチョ・ヒソンの「永生教勝利祭壇」をつなぐ橋は、「グンファ(槿花)」という名前である。 <月刊朝鮮> 2007年の記事は、チェ・テミンが子供会館の敷地にグンファウォン(槿花院)を建てグンファ教会を立てたと伝えている。この「槿」は朴槿恵の「槿」と同じ漢字(ムクゲ)を使っている。グンファ教会は信徒がある既成教会ではなかった。主に子供財団のスタッフが集まって礼拝した。

 

永生教教祖チョ・ヒソンは、一時バク・テソンの天賦教の信徒であった。永生教は1989年、教会の建物内にグンファ失業という縫製工場を建てた。チョ・ヒソンはここで働く従業員の賃金を着服して、「自分を信じて寄付すると死に至らない」と主張して信徒に120億ウォンを超える献金を受けたと、1994<東亜日報>記事は伝えている。

 

1980年代の新興宗教で悪名を馳せた永生教は、1990年代に入って信徒拉致殺人の問題が明らかになり、教団幹部が有罪判決を受けて拘束されるに至る。教祖チョン・ヒソンも犯人逃避を援助したとして、2004年ソウル拘置所に収監されていたが、収監先にて死亡した。

 

チェ・テミンが政治家に上り始めたのは、朴槿恵がハンナラ党の予備選挙候補に出てからだ。チェ氏と朴槿恵がどのような関係なのか更に疑惑が深まった。

 <中央日報>は、2007614日朴槿恵ハンナラ党の予備選挙の候補とのインタビューを報じた。この時、朴槿恵大統領はチェ・テミンをこのように表現した。

 

「その方は牧師で、国が困難になった頃に大きな支えと成っていただいた。。ベトナム戦争で敗北し、韓国でも困難な状況のときに救国祈祷をしながら父を助けてくれた。父を亡くしたあと、私自身が困難な苦しい時にも、精神的にも支えて頂き、慰めてくれた。私は今でもとても感謝しています。」

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▲統一教は文鮮明が立てた新興宗教だ。文鮮明は、バク・テソンと同じく金百文(イスラエル修道院)に影響を受けた。写真は文鮮明が反共祈祷会で祈る姿。(ニュース映像セーブ)

 

バク・テソンと双璧なす文鮮明の統一教会

 

多くの疑惑が渦巻く中、チェ・スンシル氏が直接口を開くために選んだのは、<世界日報>だ。 <世界日報>はクリスチャンたちには、世界平和統一家庭連合(統一教会)の関連会社として知られている。チェスンシル元夫チョン・ユンフェ氏国政介入文書を単独報道したところも<世界日報>だ。

 

ジャーナリストのアンチヨン氏は自身のブログ「シークレット・オブ・コリア」で、「チェ・スンシルのヨーロッパへの逃避を支援している人物は、「世界日報」の社長を務めたことのある統一教の某某氏であり、チェ・スンシルはこの人物をイタリア大使にまで推薦した」と主張した。この文だけ見るとチェ・スンシルと統一教会との間に接続があるかのように感じられる。

 

文鮮明の統一教会

 

統一教会をプロテスタントと混同する人が多い。宗教上の使う言葉が似ているからだ。新約聖書に基づいて、少しずつ他の教義を取り入れているいくつかの教団があるが、統一教会は文鮮明という創立者を再臨主、救世主として祀らる教団である。文鮮明を「真の父」と彼の妻韓鶴子を「真の母」と呼ぶ。統一教会信者はこの夫婦を、「真の父母様」であると信じている。

 

大韓イエス教長老会合同総会異端(疑似)被害対策調査研究委員会が作成した<2010異端・カルト研究資料>を見ると、統一教をこのように説明している。

 

「統一教会は、私たちがよく知っているようなキリスト教ではない。その理由は、何よりも、聖書を否認するからである。(中略)<原理講論>を成約聖書つまり神の約束がなされた真の聖書だと主張する。 "

 

異端の専門家卓・志一教授(釜山ジャンシンデ学校教会史)は、<異端>で「再臨したメシアである文鮮明を介して、韓半島に地上天国が建設されるということが<原理講論」の主張である。(中略)文鮮明自身の再臨主宣言と<原理講論>の内容を総合してみると、東方の国すなわち韓国に示された再臨主こそ文鮮明であることが論理的な帰結である」と宣伝している。

 

統一教会を創始した文鮮明と天父教を創始したバク・テソンは、同じ人物に学んだ。

その人物とは、イスラエル修道院金百文である。金百文は<キリスト教原理原則>を使いながら、文鮮明とバク・テソンに神秘的な主義的な影響を及ぼした。

 <新東亜>は、20145月の記事で、「文鮮明の「原理講論」は金百文の<キリスト教原理原則>と主要な概念がほぼ同じである」と述べた

 

ハンナラ党の時から始まった「新天地」との縁

新天地イエス教証拠幕屋聖殿(新天地・イ・マニ総会長)については、多くの人は、キリスト教から出た別の宗派程度にしか思っていない。新天地が統一教会のように、キリスト教言語を使用して、キリスト教の形態を備えているが、一般的な教会とは異なる新興宗教であり、異端である。

 

新天地を立てた李萬熙(イ・マニ)総会長もバク・テソンと同じ前渡観から来ている。新天地教義を見ると、バク・テソンの天賦教と似ている部分が多い。バク・テソンも新天地のように144,000人で、信者の人数を制限した。バク・テソンは自らを「この地に来られた神様」、「救世主」、「勝利者」と称していたように、李萬熙(イ・マニ)総会長も自分を「救世主」と名乗っている。

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新天地は既成教会に通う教会信者に接近する。聖書と似た言語を用いて、'聖書の秘密'を教えるという言葉で誘惑する。

入信により、両親と子供が対立したり、夫婦が離婚危機を体験するなど新天地は家族を犠牲にして、自分たちの道に固執する。新天地に陥った人々を教会で戻そうとする動きを宗教自由弾圧、強制改宗だとキャンペーンを張り、自分たちが被害者だと嘯いている。

 

宗教界で物議をかもす新天地は戦略的に権力に接近した。新天地とセヌリ党の縁は2002年まで遡ることができる。<現代宗教>20022月号で新天地教理を教える某文化センター代表・此限船がイ・フェチャン当時ハンナラ党大統領候補のキャンプで仕事をしたことがあると報道した。それ以後、此限船は親パク系代表走者ソ・チョンウォン議員(セヌリ党)に結婚式媒酌を任せられたこともあった。

 

新天地は朴槿恵大統領とセヌリ党を直接または間接的に支援したという疑惑が出ている。 2012年の大統領選挙当時、朴槿恵選対本部のキリスト教対策の共同本部長を務めた李ギョンジェ前議員が新天地のイベントに参加して、祝辞した事実が明らかになったのだ。朴槿恵大統領と李萬熙(イ・マニ)総会長がテーブルに座っている写真が公開された。 2008年には朴槿恵大統領がマニ総会長に送った年賀状が公開された。

 

今回のチェ・スンシル事件が起きた直後、新天地の過去の行事に際し、セヌリ党とつながりがあるではないかという疑惑が浮かび上がっている。特に、「セヌリ」という言葉の意味が「新天地」と重複しているからである。新天地は1027日、これを否定する公式のプレスリリースを発表した。これらは「「新天地」は、聖書に神が臨む場所として指摘された「新しい天、新しい地」を意味するもので、政治的、または世界的な意味とは全くかけ離れた内容を含んでいる」と反論した。

 

似非教祖は 反社会性人格障害

 

疑似宗教被害対策連盟チョン・ドンソプ総裁は、疑似宗教はほとんど似たような教義的共通点を持っていることを指摘した。公認されている既成宗教とは異なり、予言をしたり、吉凶を占ったりして恐怖を与える方法でお金を巻き上げている。このことが原因で家庭を破壊し、暴走することが共通点だと指摘した。

 

また、疑似宗教の教祖に、共通して見られる精神状態も指摘した。カウンセリング心理学を専攻したチョン総裁は、彼らの心理状態をこのように表現した。

 

「教祖は、自分が非常に重要な人という誇大妄想の症状がある。勢力が大きな教団の教祖も皆同じだ。誇大妄想と共に被害妄想の症状も見られる。政府、メディア、正統のキリスト教が自分を殺そうとしているという被害妄想に常に悩まされる。そこに彼らが密かに活動する理由がある。

 

何人かの教祖は、自分たちを「天国のスパイ」と表現した。天国の啓示を受けたスパイなので、正体を現わせない。だから秘密に活動する。後で、スパイのように活動をした正体が明らかになれば、よく耳にする反社会性人格障害(ソシオパス)・自己陶酔性人格障害を指摘されるが、「私は知らない」と否認する。」

 

チョン・ドンソプ総裁は、今回のチェ・スンシル事件をめぐり、朴槿恵大統領がそのような疑似教主の精神に影響を受けたという問題があるだろうと評した。

 

卓志一教授は、韓国で勃興する異端の場合、最近見られる次のような傾向を指摘した。

 

過去の異端の一般的なイメージは、家庭を破壊したり、社会秩序を乱した否定的な姿であったが、最近の異端はむしろ家庭の価値を擁護したり、親の社会的な活動に積極的な姿を見せている。しかし、彼らの目標は、教祖が治める異端の王国を創造することには変わりはない。」(<異端>130側)

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参照

 

永生教 ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E7%94%9F%E6%95%99

 

新天地イエス教証拠(あかしの)幕屋聖殿  ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%A4%A9%E5%9C%B0%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E6%95%99%E8%A8%BC%E3%81%97%E3%81%AE%E5%B9%95%E5%B1%8B%E8%81%96%E6%AE%BF